dimanche 21 avril 2013

ループ状に抜け落ちた記憶


今日は久しぶりの快晴

気持ちよくバルコンでの時を過ごす

こういう日はわたしの言うメディタシオンに向いている

世にいう無の状態を作り出そうと努める必要などない

何も考えずに、ただ太陽に身を晒すだけでよいのだ

 そうすると、動き回っている時には気付かないものが、どこからともなく浮かび上がってくる

それを捉まえ、時に繋ぎ合わせればよいのである

実に多くのものが眠っていることに気付く

それだけでよいのだ


以前に触れたように、先日の日本で「教養としての留学」という対談をやった

ところが、そこで何を話したのか、全く思い出さないのだ

その状態がこんなイメージとして浮かんできた

 時の流れがあるのかどうかわからない

仮に、過去から未来に向かって流れているとしよう

それが一つの紐として現れた

それが途中でループを作るようにして外に出ている

そのポリープ状になった根のところで紐が切り取られてしまっている

 このようなことはわれわれの遺伝子もやっているので、そこからの連想だったのだろうか

その部分は今では風船になってどこかに飛んで行ってしまったように見える

そんなイメージの対談の時間なのである


それでは、なぜ思い出せないのか

ひとつには、その問題について考えたことがなかったからではないか

自分の中に蓄積がないまま、問いに合わせてその場で考えを紡いでいたからではないのか

それと、問いの繋がりがわたしのものではないので、これも残りようがない

 記憶全般の衰えと見ることもできるだろう

 しかし、すっぽりと抜け落ちた記憶というのは、このところ経験したことがない

それだけに、何を言っていたのか、自分でも興味が湧いている

おそらく、その言葉を他人のものとして読むことになるような予感がする





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