vendredi 12 avril 2013

なぜ外国語を学ぶのか


外国語、特に英語を道具として使える人間を増やそうとしている国がある

外国語は、この世界を重層的に理解しようとする時に不可欠になるだろう

そのためには、グローバルと言われる言葉だけではどうしても不十分である

一つの見方だけで理解できるほど、この世界は単純ではないと思うからである

指導的な立場にある人、あるいは目指す人は、複数の外国語を習得しておく必要があるのではないか

それが、これまでの経験から言いたいことである


ところで、ジョージ・スタイナーGeorge Steiner, 1929- )さんの言葉に « Traduire, c'est comprendre. » がある

「翻訳することは、理解すること」 という意味である

自分であれば、 « Comprendre, c'est traduire. » 「理解することは、翻訳すること」 としたいと書いたことがある


その記事の中で、外国語を学ぶことは 「もの・こと」 をより深く理解するために必須なのではないかとも書いた

今感じていることをもう一つ加えるとすれば、こうなるだろう

 外国語を学ぶことにより、母国語の語彙や文体にも見えない影響を与えているのではないかということである

つまり、自らの母国語を豊かにしている可能性があるということである

昨日読んだウンベルト・エーコUmberto Eco, 1932-) さんの見えざる影響だろうか

こんな考えとともに今日は目覚めた



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