jeudi 30 juillet 2015

ハトの心と会話する



バルコンには偶にハトが寄ってくる

しかし、殆どは1分もいればすぐにどこかに飛んでいく

今日のお昼時、ハトがいることに気付き、鳴き声に似せて低い音で口笛を吹いてみた

するとどうだろうか

不思議な音が聞こえると感じたのか、首を横に振ったり、体に嘴を当てたりと落ち着かなくなった

そして、何度も後ろを振り向いたりし始めた

結局、20分くらいその音に付き合ってくれたのではないだろうか

 何かが通じているのでは、と思いたくなる時間であった





mardi 28 juillet 2015

ある建築家の設計哲学



東京オリンピックの競技場で揉めているという

問題をフォローしているわけではない

しかし、なぜか最初のブログ「ハンモック」で取り上げたフランスの建築家の話を思い出した

その建築家はケ・ブランリ美術館の設計哲学を問われて、こんなことを言っていた

2006年のことである


それは、他者の文化・文明のための区域(territoire)を創造すること、建物というよりはそのための場所(territoire)というイメージで事を進めること、全的な建築 "une architecture totale" とも言えるものである。公園が全体の三分の二を占め、ギャラリーはセーヌ川の曲線と共鳴し、テラスはエッフェル塔の日陰になるという素晴らしい立地条件である。建物が平凡なので、色や光、細部で勝負した。

アフリカ・オセアニア文化の美術館では、例えばマスクなどはそれが本来あるべきコンテクストから抜き取られて、芸術作品として展示されることになる。しかし、彼は芸術作品として扱わないと言う。そのものが感情を揺さぶる力を維持していること、またそのものがある状況(踊っている人の顔にあるマスク)を想像することが重要になるので、そのための映像や文献も用意している。人類博物館とアフリカ・オセアニア博物館の統合をこの美術館はしている。

今日の建築を揺り動かしている問題は、建物が建つところの地理や歴史との対話なしに、土地の人との協調なしに、いつも同じような形を落下傘で落すようなやり方で、このようにして世界を矮小化するのには反対である。仕事はいつも冒険であり、探検でなければならないが、90%のプロは場所に対する意識がない。

  
こう答えていたのは、ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel, 1945-)さんであった





vendredi 24 juillet 2015

"American Philosopher" が面白い



以前に取り上げたと思っていたが、見つからないのでこの場で改めて観ることにした

"American Philosopher"

哲学に入ったためであることは間違いないのだろうが、実に面白い

アメリカの哲学者の自由な語りが第一の魅力だ

アメリカの哲学の特徴を推測することもできる

そして何よりも、哲学をどう捉えるのかについてのヒントに溢れている

お勧めである





この中で、リチャード・ローティ(1931-2007)さんが哲学における創造性について語っている

 それは、古くからある問いに解を与えることではない

そうではなく、これまでの問いの枠組みを取り払い、全く新しい組み合わせを作り出すこと

全く新しい問いを出すこと、新しい方向性を示すこととも言えるのだろうか

哲学の仕事は解説することではなく、新しい概念を出し、一つの提案をすることだと言う人もいる


ローティさんは20世紀を代表する哲学者として次の3人を挙げ、人々を驚かせた

Philosophy and the Mirror of Nature (Princeton University Press, 1980) の中でのことであった

野家啓一監訳 『哲学と自然の鏡』(産業図書, 1993年)

人々が驚ろいたのは、相対主義者とも批判されたデューイがその中に入っていたからである

その人物をアメリカ分析哲学を代表すると思われていた哲学者が挙げたからである

分析哲学の手法で明らかにできる世界には限界があると考えていたことを想像させる

哲学には道徳的な視点が欠かせないと考えていた証左かもしれない


哲学の使命とデモクラシーの関係について、ローティさんはこう言っている

哲学の使命は民主主義の基盤を問うことではなく、どのように民主主義に貢献できるのかを問うこと

これを人間に置き換えれば、哲学の役割をこう捉えているのだろうか

人間の本質を問うところに留まるのではなく、どのような人間に成るのかに重点を置くべきではないか

彼は、哲学が科学的であろうとする流れにも異論を持っていたようである

 その意味ではマルセル・コンシュさんとも繋がり、わたしの考えにも近いものがある

いずれもが哲学から始め、その中で仕事に集中した人たちではなかった

パースは科学者であり、論理学、数学、論理学、記号論などにも興味を示し、そこから哲学を生み出した

ジェームズも絵画に始まり、医学(解剖、生理学)、心理学などから哲学に至った

その背景が豊かな哲学を生み出したのではないかと指摘する人もいる





mardi 14 juillet 2015

パリから見えるこの世界 (30) 「アトピーと哲学、そしてモンテーニュが試みたこと」

Maison familiale des Montaigne
(23-25 rue de la Rousselle, Bordeaux)


本日は革命記念日だ

だが、現世の出来事には無縁の生活が続いている


雑誌 「医学のあゆみ」 に連載中の 『パリから見えるこの世界』 第30回エッセイを紹介いたします

« Un regard de Paris sur ce monde »

医学のあゆみ (2014.7.12) 250(2): 165-169, 2014


ご一読、ご批判いただければ幸いです





samedi 11 juillet 2015

ディオゲネス現る

 Diogenes (Detail)


  本日のメトロ

この絵にあるのと同じ服装のもう少し疲れたような感じの裸足の男が乗り込んできた

通路を挟んで反対側に座っていた中年女性の二人組が静かに後ろの方に移動した

すぐにこれはディオゲネスだと分かった

今何を思うのか尋ねようとしたが、思い止まった

こういうことが起こることに驚く

パリ8年目にして初めての出来事であった






lundi 6 juillet 2015

ニーチェによる風土と精神との関連


こう蒸し暑いと、ついニーチェの言葉を思い出す


 ***********************************

誰にしろ、何処に住んでも構わないというものではあるまい

ことに全力を振りしぼることが必要である大きな使命を果たさなければならない者は、

この点できわめて狭い選択しか許されていない

いったん土地と風土の選択を誤ると、自分の使命から遠ざけられてしまうばかりでなく、

使命そのものをわが身に授けてもらえないということが起こり兼ねないのである

つまり、彼自らが使命に面と向かうことを一度もしないで終ってしまうわけだ


どんなに小さな内臓の弛みでも、それが悪い習慣になってしまえば、

一人の天才を凡庸な人物に、何か「ドイツ的な存在」に変えてしまうには十分である

ドイツの風土にかかったら、強健な内臓、英雄的素質を具えた内臓でさえも、

無気力にしてしま うのはいとも簡単だ


ひとつ比べ合わせてみて頂きたい

才気に富んだ人々が住んでいたかまたは現に住んでいる土地、

機智と洗練と悪意が一体となって幸福の要素を成していたような土地、

天才がほとんど必然的に住みついていたような土地、等々を

どれもみな空気が素晴らしく乾燥した土地ばかりだ

パリ、プロヴァンス、フィレンツェ、イェルサレム、アテーナイ

----これらの地名は何かあることを証明している

すなわち、天才の成立は乾燥した空気や澄み切った空を条件としていること


私はある自由な素質を持つ秀でた精神が、

たまたま風土的なものに対する本能的鋭敏さを欠いていたというそれだけの理由で、

狭量になり、卑屈になり、ただの専門家になり下がり、気むずかし屋で終ってしまったケースを、

目の当たりに見て知っている


 **************************************************
ニーチェ 「この人を見よ Ecce Homo」 (西尾幹二訳)
  


こちらに来て初めて、大地が揺れない土地に住んでいる幸いを意識するようになった

つまり、それまで天災が日常的に襲う特殊な風土の中にいることに無自覚でいたのである
 
それ以来、気候と精神の関係は想像以上に重要であることに気付くことになった

それは、積極的、意識的に住む場所を選ぶという行為を浮かび上がらせることにもなったのである





samedi 4 juillet 2015

映画 "Still Life" を観る


その時、わたしは機内にいた

それまで音楽を聴いていた

そして、最後の2時間になった時、目に入った 『おみおくりの作法』 という映画を観ることにした


静かな映画である

大きな動きがある時もさざ波にしか映らない

孤独死が中心にあり、その最期を看取る公務員が主人公だ

彼は期待されている以上の仕事をしている

亡くなった人間の人生を復元しようとして考え、動く

そして、最後は葬儀、埋葬を行い、一人で看取るのである

葬儀に参加したがる人間はいないからだ


しかし、これが経済原理には合わないらしい

安く上げるには、埋葬ではなく火葬

葬儀は生きている人のためであり、参列者のいない葬式には意味がない

そんな葬式は死者のためのものではないか

これが行政の言い分だ


彼はある日突然首を宣告される

しかし、取り掛かっていた仕事の完結を見るまでやり遂げる

そして、その人間のために自分が用意していた眺めの良い墓地まで譲るのである




彼の生活ぶりを外から見ると、質素で、簡素で、単調である

しかし、この公務員の仕事ぶりには細部を見逃さない丁寧さがある

静かな拘りと情熱がある

それはどこから来るのか

そのヒントはあっただろうか


映画の最後には二重三重の驚きが待っていた

ここで終わるのかと思った時、虚しさが残った

しかし、最後の最後には救いが待っていた

その時のわたしにはぴったりくるイギリスの匂い漂う素晴らしい映画だった


幸運を齎してくれるのは、やはり偶然なのか

そして、それは必然でもあるのだろうか





わたしがこちらの大学生活で学んだ貴重なことがある

そのことをこの映画を観ながら思い出していた

エディー・マーサン演じる主人公が、教会に一人いて見送っている姿を見た時

こちらの大学の先生が院生数人に対して講義する姿と重なったのである

教室が溢れるようなクールもあれば、2-3人のものもある

しかし、僅かな学生に対しても何ら変わることなく講義をする

それまで数に敏感であった身からすると、それは目を開かされる経験となった

それ以来、以前の拘りがわたしの中から完全に消えて行ったのである






dimanche 21 juin 2015

フランク・ミシュランさんに渋沢・クローデル賞



昨年12月、ミシュランさんの博士論文審査会に参加して感銘を受けた



今朝、ミシュランさんご本人から嬉しいニュースが届いた

そのお仕事に今年度の渋沢・クローデル賞が授与されたとのこと

10年に及ぶ労作なので、ご本人ならびに奥様のお慶びもさぞかしではないかと想像している

以下に、読売新聞の告知記事を


**************************
渋沢クローデル賞に明大特任准教授ミシュラン氏
2015年06月18日 18時26分
【パリ=本間圭一】日本とフランスに関する若手研究者の優れた著作をたたえる「渋沢・クローデル賞」(日仏会館・読売新聞社主催)の仏側審査会が17日、パリで行われた。32回目となる今年は、明治大学特任准教授フランク・ミシュランさん(45)の著作「太平洋戦争直前の仏領インドシナと日本の南進」が受賞作に選ばれた。著作は、日本が仏領インドシナに進駐した1940年以降の史実に基づき、緊張をはらんだ日仏関係を分析した。  
ミシュランさんは、パリ・ソルボンヌ大学で歴史博士号取得。専門は日本近現代史、国際関係史、軍事史。
**************************


ポール・クローデルさんは駐日大使も務めた方で、彫刻家カミーユ・クローデルさんの弟に当たる

最初のブログに、クローデルさんに関する記事が見つかった





jeudi 18 juin 2015

種は7年前に蒔かれていた


この春から7年前の記事をじっくり読み返している

「じっくり」の意味は、新たな場所に記事を移す際に検討しながら読むということ

 これまで見直すことはなかったので、発見が多い

このところ驚いているのは、その後考えることになるテーマの芽が7年前に芽生えていたことである

フランスに来て1年目に当たる

例えば、




これからどんなものが出てくるのか、楽しみである





mercredi 17 juin 2015

パリから見えるこの世界 (29) 「風光明媚なブルターニュで、医学と人間の生における時間を考える」



雑誌 「医学のあゆみ」 に連載中の 『パリから見えるこの世界』 第29回エッセイを紹介いたします

« Un regard de Paris sur ce monde »

(29)風光明媚なブルターニュで、医学と人間の生における時間を考える

医学のあゆみ (2014.6.14) 249(11): 1211-1215, 2014


ご一読、ご批判いただければ幸いです






dimanche 14 juin 2015

人生の核、それは精神の開閉運動のバランスか


前回のエントリーからもう1週間が経ったとは想像もできない

この感覚は以前にはなかったことだ

いま意識はどこか別のところに行っているのだろう


真夜中にバルコンに出て、シガーを燻らす

そうすると、全体が見えるようになる

机に向かっていても駄目なのである

この感覚はこちらに来てからのもので、何とも例えようのないくらい良いのだ


これまではこの世界に、この生に身を投げ出すように開いていった

いまはそこから身を引き、狭い世界に深堀りを進めているように見える

それはおそらく日本でやっていたことと通じるものだろう

まだ、そこに悦びを見い出すところまで行っていない

今やるべきことは、これまでやってきた中では避けるべきものだったからだろう


自分では全く意識されていないが、外から見れば6年や7年という時間はかなりの長さになるだろう

その間に開いた精神を元に戻すのは至難の業である

ただ、開いたところから戻るのと、最初から同じ世界にいるのとでは何かが違ってくるのではないか

それは目に見える形で現れるのか

二つの状態を同時に経験できないので、その答えを出すことはできない


これから大切になること

それは、対照的で相容れない精神の開閉のバランスをどう取っていくのかではないか

洞穴の中、そんな気がしている週末の夜である






dimanche 7 juin 2015

フリーマン・ダイソンさんによる心、そしてブログ10年


この春から7年前のブログを同時進行で読み直している

7年前の今日の記事の中に、当時ははっきりと意識されていなかったことが記されていた


それは、心に関するフリーマン・ダイソンさんの考えである

発表されたのは1985年、アバティーンでの Gifford Lectures においてであった

講演のタイトルは、Infinite in All Directions

その内容は、3年後に出版されている

 Infinite in All Directions: 
Gifford Lectures Given at Aberdeen, Scotland, April-November 1985


この中で、宇宙には3つのレベルの心の働きがあると記している

それぞれ、素粒子の世界、人間の意識の世界、そして全体としての宇宙である

原子の動きを見ていると、単なる無機物というよりは量子力学に則って選択をする主体性が見える

ダイソンさんは選択する能力を心として見ていることが分かる

宇宙も同様に、自然の法則の中で心を受け入れていると考えている

さらに、その心と神を同じものと捉えている

神とはわれわれの理解を超えた時に心が達するところのもの

すなわち、世界と心(あるいは心の集合)が一体になったものであると考えている

原子と人間、さらに宇宙あるいは神の心の間に質的な差はなく、あくまでも量的な差しかない

われわれ人間は、原子の予測不可能能性と神の予測不可能性との間にある

この考えは科学によって証明されてはいないが、科学の成果には矛盾しない

このようにダイソンさんは考えている

わたしの中でも親和性を増しつつある見方に近いので驚く

パスカルの 「二つの無限」 を想起させるお話でもある








このところ心に余裕がなかったせいか、気が付かなかったことがある

最初のブログ 「フランスに揺られながら DANS LE HAMAC DE FRANCE」 を2005年2月16日に始めた

最初の記事は、「私は如何にしてフランス語にのめり込んでいったのか?-2001年春」 となっている

最近習慣となっている昔の記事を真剣に読み直す作業をやってみた

そこには現在に至る最初のエピソードが書かれてあり、そのことはいろいろなところで触れている

なぜかよく分からないが、フランス語に対してはその後も真面目に向き合っていた様子が窺える

当時からそのことを不思議に思っていたことを思い出す

そして、この僅か2年後にはフランスで学んでいようとは想像だにできなかった

況や、10年後にこのような生活をしていようとは、である

いずれにせよ、知らぬ間にブログというものを始めてから10年が経過していたのだ


ここまで続くとは思ってもいなかった

そうなったのは続けることが目的ではなく、日々の想いを紡ぎ出すことに集中していたからではないか

それが生きる上でのエンジンにもなったのではないだろうか

それと、最初の6年間にいただいたコメントにより活力を得、考えも深まったように思う

これからどうなるのかわからないが、おそらく呼吸するように書いていくのではないか

今はそんな感じがしている




vendredi 5 juin 2015

夏盛り


今日は朝から外に出た

ところが、少し歩くと汗が噴き出してくる

心挫けやすい季節である

この夏を乗り切ることができるだろうか

非常に心配だ


アパルトマンに落ち着いても、じわーっとくる

ネットの気温を見ると30度

暑いはずである


夜、日本のテレビ番組のビデオを観る

日本の日常が消えた中で観る伝統的な姿は、日本文化が極めて異質なものであることを教えてくれる

それは覗き窓から眺める風情で、そこに広がるのは不思議の世界である

日本にいる時には、それほどまでに特徴的な文化であると感じたことはなかった

このような経験を繰り返していると、その奥に一体何があるのかに興味が湧いてくる





dimanche 31 mai 2015

マリオ・バルガス・リョサさんが観る世界、あるいは文化の民主化ではなく無教養


マリオ・バルガス・リョサ(Mario Vargas Llosa, 1936- )さんのインタビューを読む

 この方については以前のブログでも触れている





ⒸLe Point (28 mai 2015)


今回のインタビューは、リョサさんの小説(2007)とエッセイ(2009)が仏訳されたのを機に行われた

小説は Le héros discret(目立たない英雄)、エッセイは La civilisation du spectacle(見世物の文明)  

この二つには、世界的に蔓延する以下の流れに抗する姿勢が見られるという

それは、知性をくだらないものと見ること、政治を冷笑すること、娯楽における芸術の低下である

印象に残ったことを書き出してみたい


アメリカとキューバの和解について

これには二つの側面がある

一つは経済的な側面で、もう一つは政治的側面になる

今回の和解は、経済的には良いことである

これまで政治的、文化的に虐げられてきたキューバ人に新たな機会が訪れる可能性があるから

これからの経済的発展が民主主義の発展に繋がるように期待したい

ただ、それは確かなことではない

中国がそうであるように、権力は外に開きながら、内において独裁を継続できるからである

キューバに求められるのは、世界規模の資本主義よりは民主主義に開くこと

なぜなら、民主主義は資本主義の副産物ではないからだ


フランスのオランド大統領がビジネスマンとともに血塗られた手を持つキューバの独裁者と握手した

これは西側の指導者では最初のことで、おぞましいことである

カストロはロべス・ピエール、コンゴで最初の大虐殺を行ったベルギーのレオポルド2世、ヒムラーと同列にある


政治と文学について

1990年にペルーの大統領候補になった

当選はしなかったが、政治は天職ではなかった

それ以来、西欧の民主政治に主体的に参加する証人として、スペインに住んでいる

リベラルな思想をドグマやプログラムとしてではなく、理想として擁護している

わたしの信念は、すべてのカギは政治にあるということ

インテリ、特に作家はそこから離れてはならない

それは自殺行為になるからだ


ノーベル賞は左派の価値に動かされている

2010年にわたしが文学賞を貰ったのは、文学によって自由を擁護したからである

ソール・ベローもナイポールも同じである

過去のものの中に将来のために維持しなければならないものがある

それが、差異であり、階級であり、エリートである

抗すべき正当性のあるものとして、文化の平等化・平均化(le nivellement culturel)がある

わたしは保守反動かもしれないが、フランス19世紀のリベラルとは相性が良い

それから、レイモン・アロン、カール・ポッパー、ジャン・フランソワ・ルヴェルも

見世物の世界になってしまった文化的砂漠の中で、少数派のものをエッセイや小説で保存したい


『見世物の文明』 について

寧ろ、文明のない見世物と言った方がよいかもしれない

文化という言葉は、僅か2-3世代の間にその意味を大きく変えてしまった

昔は、上質な文化(haute culture)、思想、芸術、美学についてのコンセンサスが世界的にあった

今日、すべての文化は同等であると見做されている

文化が省察、批評、問い掛けと同義であることを止め、気分転換や気晴らしの同義語になっている

アカデミアの中で文化は生き残っているが、社会からは隔離された辺縁の存在にしか過ぎない

大衆文化はテレビで、これは世界的な現象である

それが絵画、音楽、さらに文学や哲学までをも汚染している

文化の民主化はなく、あったのは無教養だった

今やエリートの中にまで、芸術を味わわず無知なままで満足している人間を見掛る


現在の問題は、エリートの存在を否定する考え方である

プルーストやアインシュタインをすべての人が理解できるわけではない

すべてのエリートは過去の遺物であり、民主主義の時代には消え去るべきものという考え方

これこそ最大の誤解であり、自由(liberté)ではなく知的放蕩(libertinage intellectuel)に導く思想である


文学の役割について

文学は批判精神を維持するため、世界は良く出来上がり社会はうまく動いているという信念と闘うためにある

真の文学には、常に異議申し立ての要素がある

混乱を極める時代には、これまでにも増してそれが必要にある

われわれの目を開かせるのである

しかし、多くの作家は娯楽の提供者になっている

眠りの中にある子供のように、われわれの目を閉じさせるのである

小説とは夢を見させることではなく、世界の混沌や社会の意味の欠陥を描くことである


 今日の悪は、ゆっくり進む精神と制度の腐敗、そして以下のように主張するシニシズムである

 「美、それが何のためになる?真理は存在しない。すべては同じように価値がある」

 思考の放棄である

 文学の一つの機能として、以下のことが挙げられる

われわれが立つ地が確しかなものであり、生きている町の色が鮮やかであることを思い起させること

 そして、至るところに悪魔が待っていることも



 なぜ書くのか? -- それは、わたしが幸福ではないからだ






vendredi 29 mai 2015

フランス人による自己分析


今日、定期健診に出かけた

いつも雑談に何が飛び出すのか楽しみにしている

こういう楽しみは日本では味わえなかったものだ

今日も 「お仕事の方はいかがですか?」 で始まった

さっぱりです、と言いたいところだったが、今年が最後ですので、と答えた

そうすると、「それが終わったらどうされるのですか?」 と続いた

それに対しては、フランス(人、文化)はかなり特徴的(特殊)ですから、と答えた

すると、「本当にフランス人は変わってますから」 と言って、一つの形容詞を発した

残念ながら聞き取れなかったが、「翻訳は難しいのですが、、」 と言って次のような説明をした

一つのところに向かう時、スキーのスラロームのようにいろいろな点をかわしながら攻めていく

その後に、「日本人のように直線的に進むのではなく」 と注釈を加えた

だから面白いのだ、という

わたしに言わせれば、スリリングであり、刺激的でもある

さらに、フランス人について次のような分析が続いた

家にいる時には、エゴイストで、エクストリミスト(過激主義者)

どこまでも自己中心的で、自分が満足するかどうかが唯一の判断基準である

しかし、一旦家を出るとソーシャリストになる

その意味は、他の人のことも考え、皆さんがうまくいくように配慮するということらしい

ただ、それは表面的なものにしか見えないという

 人間誰しもそのような傾向はあると思われるが、その落差が著しいということなのか

担当の先生が自分たちをそのように見ていることを初めて知った

「ところで、この環境に7-8年もいるとなかなか去り難いのではないですか?」 と問いかけてきた

確かに難しいことになるのだろうが、その前にやることがあるので、と言葉を濁した


いつも前もって予定を決めることはしない

これが心の自由を保つ秘訣の一つになっている

半年後にどのような心境になっているのか分からないからだ

と同時に、これが 「ことを成す」 上での障害にもなっている

これがわたしの人生か


---------------------------
31 mai 2015

フランス人は自己中心的だが、一旦社会に出るとその要素が薄まるという観察

自己に対する執着が強いだけに、外に出た時は戦略的に振る舞わなければならないのかもしれない

そう気付いたのは、日本のいくつかのテレビ番組を観たからである

 街に出ている日本人の様子には戦略的に対応するという態度は全く見られず、素朴で素直なものであった

ある状況の中にいる時、自分の望むところに上手に持って行くという能力に欠けるところがあるようだ

どこかあなた任せのところがある

そもそもそんなことを望まないし、その必要もない状況の中にいるからだろう

それは自らの中を見ればよく分かる

外交下手と言われる日本だが、われわれの日常が戦略的な要素から程遠いところにあるからではないか

日曜の朝、雨音を聞きながらこんな考えが巡っていた





dimanche 24 mai 2015

ロバート・オッペンハイマーの人生を観直す


 2011年9月24日に 「ロバート・オッペンハイマーの人生を観る」 という記事を書いた

PBSのドキュドラマは途中までしか観ることができなかったが、素晴らしいものであった

その後再訪したが、観られる部分はさらに短くなり、冒頭だけになっていた

ということで、完全に諦めていたが、今日偶然にもその全編をYoutubeで見つけることができた

その全体を味わい直してみたい


The Trials of J. Robert Oppenheimer






samedi 23 mai 2015

グレン・グールドの人生、あるいは芸術家とは



先日のあるリブレリーでのこと

通り過ぎようとした時、誰かに見られているように感じ、戻るとこの本があった

ボルドー生まれの漫画家サンドリーヌ・ルヴェル(1969-)さんの新作

ご自身もピアノをやるようだ

表紙だけを見て、立ち去った


現代における芸術家の存在価値は?

細分化し、精妙に組織化される社会にあって、型に嵌った生活を送らざるを得ない現代人

その生活では、人間に本来具わっているものの多くが抑えられている

その枠からはみ出し、抑制されている領域に眠るものも含めたところから表現しようとする人

それが芸術家と言われる人間になるのか

尤もらしいところから最も離れた表現をする

奇を衒うのではなく、何でもないそこにあるものに全く新しい光を当てる

それは、われわれの精神を覚醒させ、解放する

真の芸術家には、その力がある

そこに芸術家の存在価値があり、なぜわれわれが芸術を必要としているのかの理由もありそうだ






mercredi 20 mai 2015

今年3回目のランデブー


今日は今年3回目の教授とのランデブーとなった

場所の変更がわたしの方に連絡されていなかったため、1時間遅れの開始となった

大学の方針転換で、スケジュールがタイトになっている

これからも一か月に1回の予定でランデブーを行うとのこと

と言うことは、あと3回くらいのものだろう

それで本当に大丈夫なのか

全く心許ない

「賽は投げられた」 という表現が出ていたが、ルビコンを渡った心境である

かなり遅いが、これまでそういう心境にならなかったのだから致し方ない

これまで同じようなことを何度も書いたように思う

しかし、今回が一番 「その気」 に近いところにあるように感じる

1時間ほどのランデブーの後、久し振りにサン・ジェルマン・デ・プレまで出た




本日の偶然






mardi 19 mai 2015

中村元氏によるブッダの人生、そしてその後に虹


時の流れを眺めていた今日の夕方

シャッターを開けると、久し振りに虹を拝むことができた

この後暫くすると、青空が見えてきた


今日は Youtube を流しっぱなしにしていた

そうすると、なぜか中村元氏によるブッダについてのお話が聞こえてきた

二つ続いていて、それぞれ2時間を超える

最初のものを聴いていたが、自分の中にあるものと響き合うことが多く、驚く



二つ目は、いずれ時間ができた時に取っておくことにした

この時間が虹に繋がっていたのか

それは分からない

前の記事の写真には仏像が写っている





dimanche 17 mai 2015

マスターの教育のことなど


ホテルから下を見ると、この景色が目に入った

背中が見える像は仏像のように見える

遠くにあるのによく気付いたものである


ボルドーでは、当地在住の友人とその友人でやはり学生をしている方とのディネがあった

仕事を辞めて、学生として学び直しているとのこと

そういう方は意外に多いのでは、という感触を持った

会話の中で、「マスターの教育がわたしの新しい好み(goût)を育ててくれた」 ということを語った

これは、時とともに強く感じるようになっていること

苦しくはあったが、あの時間がなければおそらく今のようにはなっていなかったのではないか

そう思わせてくれるほどのものである


このような長期滞在が可能になっている要因として、授業(登録)料があることを忘れてはならない

今の日本から見れば破格の年間2-3万という額でなければ、到底不可能だっただろう

知への最初のハードルが低いということは、個人はもちろん国にとってもよいことではないだろうか

 二日続けて、やはり、ここはフランスなのである


このように未来ある若い方々と話していると、こちらもそんな錯覚に陥ってくる

貴重な時間であった

 今日、パリに戻る