vendredi 24 mai 2013

Sciences Po でシンポジウム 「部分と全体」 を聴く

           Dr. Pablo Jensen (ENS-Lyon)    Pr. Antoine Georges (Collège de France)


午後から、「部分と全体」 をテーマにしたコロックに出かける

タイトルは、「全体は部分(の総和)より大きいのか、小さいのか」 

丁度、雨が降り始めた街を歩いて、初めての場所になるパリ政治学院へ

会は朝からやっていたようで、社会学、経済学から物理学、生物学に至る広い領域の専門家が話している


わたしが聴いたのは、物理学と生物学のお話

物理学は写真のコレージュ・ド・フランスのアントワーヌ・ジョルジュさん

生物学はINSERMのピエール・ソニゴ (Pierre Sonigo) さん

Ni Dieu ni gène : Pour une autre théorie de l'hérédité という著作(共著)がある

『神でも遺伝子でもなく: もう一つの遺伝理論のために』

会場中央には、シアンス・ポーの主、ブルーノ・ラトゥール(Bruno Latour)さんが控えていた


 印象を少しだけ

物理学ではマクロにいく方が構造が安定してきて、記載が単純になるという

そのためか、上のレベルから記載が始まる

部分と全体という二項対立はそろそろ止めるべきではないのか、とはジョルジュさん

これからは各段階を丁寧に追っていくことが大事になると考えている

ソニゴさんは、午前中にラトゥールさんが話していたという部分と全体は二つのごまかしとの考えに同意

連続的なモデルに移行してもよいのではないかと考えているので、ジョルジュさんとも重なる


質問では、どこかはわからないが外国人と思われる方が、ソニゴさんに面白い問い掛けをしていた
 
DNAはどこから来たのかというような神学的、形而上学的問題に囚われ過ぎているようだが、、

ソニゴさんの答えは、必ずしもそれに囚われているのではない、それは興味深い問題なのだ、であった

彼の著書を読むと、このような答えが返ってくるのは予想される

わたしはその答えに全く違和感は抱かなかった


ところで、ソニゴさんも昨日のアントニオさんと同様、スライドなしの Chalk (Felt Pen) Talk であった

哲学的プレゼンテーションとの関連はあるのだろうか

思い返せば、マスターでの講義ではパワーポイントは一度もなかった


二つの話を聴き、今日もカルチエ・ラタンを散策してからカフェでお話を反芻する

部分と全体、還元主義とホーリズムという大雑把な分類からもう少し細かく現状を見直す必要があるのではないか

そんな考えが浮かんでいた


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