samedi 25 juin 2011

会議最終日、発表はフレンチ・アクセント、そして新参者へのシャワー?

今朝は6時起き。
会議は今日が最終日で、発表が控えている。
早速、内容をチェックするために近くのカフェへ。
今回は毎日バージョンが変わるという目まぐるしい状態だった。
どのような内容にするのか、毎日発表を聞きながら迷っていたということだろう。
それが最後の瞬間まで続くことになった。
こういうことは初めての経験になる。
初めての分野なので致し方ないかもしれない。




朝の準備が長引き、30分ほど遅れて会場に到着。
しかし、予定が変更になり、30分遅れで始まるところだった。
何かを感じる。
わたしの発表は午後一番。
ランチを取りながらの最終チェックとなった。

発表は可もなし不可もなし、というところだろうか。
出来は別にして、ぶっつけ本番に近い方が気分的には盛り上がるタイプになる。
準備したものをこなすのではなく、その時の自分を総動員するからだろう。
発表を終えると、次々に質問というよりはサジェスチョンが出て驚く。
また、セッションが終わった後も多くの方から言葉を掛けていただいた。
新しく入ってきた者へのシャワーなのだろうか。




カナダの言語学の老教授は若い学生に対するように語りかけてくれた。
あなたの研究にはこのような考え方がよいのではないか、という調子である。
後ほど関連文献を送っていただけるという。

イタリアの神経生物学の教授は、あなたの頭の使い方に共感すると言っていた。
彼自身も3年前にこの分野に入ってきたからだろう。

ブリュッセルの人工知能の研究者からはこんな提案があった。
お互いにご近所なので行き来しながらディスカッションしましょう。

ドリオン・セーガンさんからは新しい見方を展開している方を紹介していただくことに。
コペンハーゲンの研究者はいろいろと仲介の労を取ってくれた。
こちらから頼んだ訳ではないので、新人に対する心遣いなのだろうか。
そして、関連文献を山ほど送るとのこと。
これからもお世話になりそうだ。

2日前のパーティで向かい中央になった方はプラハで教えているアメリカ人。
右の若者はパリ大学でテーズを終え、デューク大学でポスドクをやっているカナダ人。
そして、左の方はカンザスの科学技術館で進化や創発を研究しているスペイン人。
とにかく、人の動きがダイナミックだ。
地球を広く使っている彼らの姿が浮かび上がる。




嵐が過ぎると頭の中が熱くなり、形の見えない塊が渦巻いているように感じる。
これをカオスと言うのだろうか。
これから読まなければならない論文や本の山ができそうである。
それにしてもありがたい出遭いを齎してくれた会であった。
一つの理由は分野が小さいので付き合いが濃い可能性がある。
そこに初めての人が入ってくれば一目瞭然だろう。
そのことに気付かないというお目出度さなのだ。
二つ目は基盤を作るのがこれからという熱のようなものがあるためかもしれない。
それが成功するのか、失敗に終わるのか。
役人の科学ではなく、芸術家の科学とでも形容すると誤解を招くだろうか。





発表の後、パーティで横になったロンドンの建築家とも言葉を交わす。
彼の発表は結構レベルが高いもので感心して聞いていた。
わたしの発表について、彼は少しにやりとしながらこう言った。
あなたの英語にはフレンチ・アクセントがありますよ。

あれほど違和感があったはずのフランス人の英語。
そう言えば、このところその英語に抵抗がなくなっているとは思っていたのだが、、。
フランス人の英語に感染していたとは、ショックである。
ニューヨーク・アクセントがありますよ、などと言われた時代は遥か彼方のようだ。





とにかく、すべてが終わって気分が晴れ上がったニューヨークの週末。
マンハッタンをいつものように横断する。
僅か1週間程度だが、パリを発った時の状態を思い出すことができない。
今回は完全に別世界に入っていたのでその感が特に強い。

途中、シガーでもと思ったが、吸う場所がない。
道に出た席でも駄目。
あなたにとっても周りの人にとってもよいのですよ、とは女主人の言葉。
不健康なパリが懐かしい。






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