dimanche 23 décembre 2012

バディウさんによる現代フランス哲学 (2)



昨日のバディウさんの「現代フランス哲学」の分析の中に形の問題が出てきた

 哲学と形の創造との間には密接な関係がある

それは哲学自体の形をも含む

新しい概念だけではなく、哲学が使う言葉の創造である

20世紀のフランス哲学における顕著な特徴として、哲学と文学との関係がある


(3)哲学と文学の関係

この問題を少し長い時間軸で眺めてみる

例えば、18世紀のヴォルテールルソーディドロは文学者であるとともに哲学者であった

17世紀のパスカルも文学と哲学のどちらに属するのかわからないし、20世紀のアランも同類だろう

20世紀前半には哲学者と超現実主義者が接触した

思想と形の創造、生活、芸術との新たな関係をお互いが模索していたのである


最初は詩的なプログラムだったが、50-60年代には哲学的プログラムが準備された

哲学自体が文学的な形を見つけ出さなければならなかった

すべての哲学者が独自の表現を求めたのである

フーコー、ドゥルーズ、デリダ、ラカン、サルトル、アルチュセール、、、

そして、哲学と文学が、概念と生の経験が混然一体となったような新しい表現法が創られた

そのことにより、文学的な生に概念が与えられることになったのである


そこから生まれた主体は、デカルトに由来する理性的で意識を持った主体でも内省的な主体でもない

もっと曖昧で、もっと生や体に結びついた、より創造的で生産的な、もっと大きな力を含んだものである

それこそが、フランス哲学が見つけ、表現し、考えようとしたものであった

そこで重要になってきたのが、意識よりさらに広大な無意識を発見したフロイトの精神分析である


(4)哲学と精神分析の関係

ということで、20世紀後半のフランス哲学は精神分析と議論することになる

それは20世紀初頭からの二つの流れに対応する

一つは、ベルグソンに始まる実存主義的生気論で、サルトル、フーコー、ドゥルーズに繋がる流れ

もう一つは、ブランシュヴィック、アルチュセール、ラカンの概念の形式主義の流れ

この二つの流れを跨ぐのは、概念を持つ存在としての主体である

フロイトの無意識が、まさにそこに関わってくる

哲学と精神分析との関係は愛を伴った共犯関係であると同時に憎しみを伴う競合関係になったのである


ここで3つのテキストを挙げてみたい

一つは、バシュラールが1938年に出した『火の精神分析』

ここでバシュラールは、フロイトに見られる性を夢に置き換えた新しい精神分析を目指した

二つ目は、サルトルがその最後で「実存的精神分析」を提唱した『存在と無』(1943)

この中で、フロイトの実証的な精神分析に対して、真に理論的な精神分析をぶつけた

サルトルにとっての主体とは、根源的なプロジェ、存在を創り上げるプロジェであった

三つ目は、ドゥルーズとガタリの『アンチ・オイディプス』(1972)

ドゥルーズは「スキゾ分析(schizoanalyse)」と呼ぶ新たな方法で精神分析を行うことを提唱したのである


バディウさんによると、「現代フランス哲学」のプログラムには共通の特徴が見られるという

第一に、最早概念と存在の乖離がなくなったこと

彼らは、概念が過程であり、出来事であり、創造であり、生きていていることを示したのである

第二に、哲学を現代の中に組み込んだこと

つまり、哲学をアカデミアから取り出し、生の中に循環させた

性的、芸術的、政治的、科学的、社会的な現代性の中に哲学を投げ入れたのである

第三に、知の哲学と行動の哲学との対立を捨て去ったこと

つまり、理論と実践の垣根を取り払ったのである

第四に、哲学を政治哲学を経由せずに、政治的な場面に置いたこと

 それは、政治について省察するだけではなく、新しい政治的主体を可能にするために「関わる」ことを意味した

第五に、主体の問題を再び取り上げ、内省的な主体を捨てたこと

意識に還元できない主体、すなわち心理学では解析できない主体を相手にすること

長い間フランス哲学のプログラムの半分を占めていた心理学を叩きのめすこと


そして第六には、文学とは異なる新たな哲学表現を創造すること

18世紀に続き、アカデミアやメディアを超える哲学者を再び創り出すこと

その表現と行動で現代の主体を作り変えることが、フランス哲学のプログラムであり、野心である

それは、哲学者を賢者以外の者にすること

瞑想と内省に明け暮れる教授然とした哲学者に別れを告げること

そして、彼らを戦う作家、主体の芸術家、創造を愛する者、哲学的闘士に創りかえることであった




samedi 22 décembre 2012

バディウさんによる現代フランス哲学


今日は朝から雨音が聞こえる

バルコンに出て、シガーとともに雨音を味わう

週末のラジオ・クラシックは語りが少なくなるので快適である

雨音の中で聴くヨーロッパの音楽

心が静まりかえる


先日のリブレリーでのこと

アラン・バディウAlain Badiou, 1937-)さんのこの本に目が行く

La Fabrique, 2012)

早速イントロを読んでみた

バディウさんが身近な哲学者をどう見ているのかがわかり、興味深い

バディウさんが分析するフランス現代哲学の特徴の中には、わたしの深いところにある願いと響き合うものもある


哲学の歴史を振り返ると、特に重要な「時機」が二つある

一つはパルメニデスからアリストテレスに至る古代ギリシャの時代

それからカントからヘーゲルに至るドイツ観念論の時代

バディウさんは、そこに「現代フランス哲学」を加えようとしている

現代とは20世紀後半から現在までを指し、指標として二つの作品と次のような人物を挙げている

サルトル存在と無』 (1943)

ドゥルーズガタリとの共著) 『哲学とは何か』 (1991)

この間にいる人として

 バシュラールメルロー・ポンティレヴィ・ストロースアルチュセール

ラカンフーコーリオタールデリダ

この周辺から現在に繋がる人として

ジャン・リュック・ナンシーフィリップ・ラクー・ラバルトジャック・ランシエール、アラン・バディウ



その上で、「現代フランス哲学」の特徴について次の4点から解析する

(1)起源、(2)哲学的活動、(3)哲学と文学の関係、(4)哲学と精神分析の関係

(1)起源

20世紀後半からの哲学の起源を考える場合、20世紀の初めに戻らなけれはならない

そこに二つの源流が見えてくる

一つは、1911年にベルグソンがオックスフォードで行った講演 『思想と動くもの』(後に出版)

もう一つは、1912年にブランシュヴィックが発表した 『数理哲学の諸段階』

ベルグソンが生命の哲学を志向したのに対して、ブランシュヴィックは概念の哲学を提唱した

生命と概念の対立がフランス哲学の中心的課題で、それが主体の問題に繋がって行ったのである

それは、人間が生きた体であると同時に、概念を生み出すからである

さらに源流を遡るとすれば、最終的には哲学的に主体を確立したデカルトに辿り着く

彼は物理的な体についての理論を打ち立てただけではなく、省察についても理論化した

つまり、物理学と形而上学に興味を持った人物であったことになる

事実、20世紀後半にはデカルトについての膨大な議論があった

(2)哲学的活動

次に、この時期にどのように哲学が行われたのかについて考えてみよう

第1の鍵は、デカルトの遺産とともにドイツ哲学についての議論である

例えば、コジェーヴによるヘーゲルのセミナーにラカンやレヴィ・ストロースが興味を示した

また、若き哲学者による現象学の発見がある

ベルリン滞在中にフッサールハイデッガーを読んだサルトル

 ニーチェが重要な哲学者だったフーコーやドゥルーズ

カントについて書いたリオタール、ラルドゥロー、ドゥルーズ、ラカン

何をするために彼らはドイツに向かったのか?

それは、概念と存在との新しい関係を探るためだったとバディウさんは言う

20世紀初めからフランス哲学の興味は生命と概念であった

両者の関係を新しい方法で解析できないかと考えたとしても不思議ではない


第2の鍵は、科学である

彼らは、単なる知の問題を扱う場合とは比較にならないほど広大で深いものが科学の中にあると考えた

科学を現象を明らかにするものとしてだけではなく、芸術活動にも匹敵する創造的活動のモデルとして捉えたのである

バシュラールが詩と同じように物理学と数学について考えたように


第3の鍵は、政治的活動である

この時期の哲学者のほとんどすべてが政治的問題を哲学しようとした

サルトル、戦後のメルロー・ポンティ、フーコー、アルチュセール、ドゥルーズ、

ラルドゥロー、ランシエール、クリスチャン・ジャンベ、フランソワーズ・プルースト、バディウ

彼らは概念と行動との関係を模索したのである


第4の鍵は、哲学を新しくすること

政治の現代化が語られる前に、哲学者たちは芸術、文化、習慣の変容を欲していた

哲学は抽象絵画、現代音楽、探偵小説、演劇、ジャズ、映画、性、生活スタイルに興味を持っていた

 と同時に、幾何学や論理学というような形式主義にも情熱を持っていた

 そこには概念と形の運動との新たな関係の模索が見られる

哲学の現代化を通して、哲学者たちは形の創造に繋がる新しい方法を探していたのである



(つづく)





jeudi 20 décembre 2012

日本はまだまだ貧しい国なのか


今朝もある言葉とともに目覚める

次第にパリのリズムに戻ってきたようだ

まだ暗いバルコンに出ると、しっかりと雨が降っていた



日本を発つ前日、わたしの歩みに興味を持っていただいている方とデジュネをともにした

見かけ上は発展しているかに見える日本

しかし、まだまだ貧しい国ではないのかという指摘があった

じっくり考える精神的な余裕もないまま暮らしている人が多いのではないかという見立てである

現代においては、どの「先進工業国」にも見られる傾向かもしれない

マス・メディアの堕落がそうであるように、それは程度問題になるのだろう

その傾向に横から揺さぶりをかけること

それがこれから大切になるのではないか

目に見えない激励をいただいたような気分でパリに戻ってきた



午前中用事があり、雨の中出かける

お昼から雨が上がり、カフェを数軒はしご

相変わらず減ることのない複数のテーマとともに過ごす




mercredi 19 décembre 2012

アン・リー監督の "L'Odyssée de Pi" を観る




今朝、ある一節とともに目覚め、すぐに書き写す

メールボックスにはシネマからの案内が届いていた

いつもは捨ててしまうのだが、今日は違った

そこでこの映画と出会った

今日が初日というアン・リ―監督(1954-)の 『ライフ・オブ・パイ』 (Life of Pi) だ

今日一日は閉じ籠る予定だったが、どこかで抜け出すことにした


"Making of" + Ang Lee à Paris +


オリジナル・バージョンは夜に割り当てられていた

特に期待するでもなく、平静の心でシネマに向かった

導入の音楽が気分にぴったりで、好ましい感情が湧く

3D映画は初めてではないはずだが、今回初めてスクリーンが小さく感じられた

強調したいものが浮き上がってくるので、横の広がりがなくなるように見えるためだろうか

それと漫画のようにも見える時がある

2Dで観た方がよいのではないかと思われる場面もあった


この映画には陸と海の生き物がふんだんに出てきて印象的だ

それぞれの生き物の間に境がなく、一体となっているように描かれている

主人公のパイとリチャード・パーカーとの間にある緊張感を除いては

動物に魂はあるのか

そんな問いも聞かれた

昨日取り上げたばかりのドパルデューGérard Depardieu, 1948- )さんの姿もあった


そして何よりも海の映像が美しかった

そこでも、海と人間と動物が一体になっている

この他、理と信の対立が織り込まれている

それは親子の対立でもあった

最後のメッセージは、生き残るためには信だけでは不充分で、理性を動員する必要があるということだったのか


ところで、嬉しい再会もあった

主人公のパイの家族が住んでいたのが、インドのフランス領ポンディシェリTerritoire de Pondichéry

French Colonial Empires

映像が本物であれば、美しい感じの良い町であった

この町の名前はひょっとするとあの町ではないかと思い、帰って調べてみるとぴったりであった

インドからフランスが顔を出す、そして春のときめき?(2010-03-18)

暫くご無沙汰していた旧友にでも会ったかのようで、なぜか嬉しくなる

一度訪れてみたい町になりそうである

最後まで気持ちの良い映画鑑賞となった




mardi 18 décembre 2012

一ヶ月の余裕で気が抜ける、そしてドパルデューさんのベルギー移住


昨日は朝から用事があり、外に出る

8時半でもクリスマス・ツリーの照明が眩しい

カフェで少し読んでから目的地に向かった



午後からは久しぶりの研究所

やはり落ち着く

自分のオフィスのように感じるようになってから久しい

原稿の締め切りに一ヶ月の余裕があることが分かり、気が抜ける

そうだとわかっていれば、この間心穏やかに過ごせたものを

ル・モンドには小熊英二氏 (1962-) による3・11を境に見えてくる日本の分析が紹介されていた

途中、激しい雨が降るも30分ほどで晴れていた

のんびりした時を過ごす



今朝ラジオをつけると、ジェラール・ドパルデューGérard Depardieu, 1948- )の名前が何度も出てくる

どうも税金対策のため、ベルギーの住民になったらしい

「わたしはヨーロッパ市民であり、世界市民だ」 と発言しているという

新しい住まいは、フランス国境に近いネシャン (Néchin

ウィキによると、彼の財産は100億円超で、このクラスの税率は75%にも及ぶという

それで議論になっているようだ


今、30周年を迎えるというラジオ・クラシックからドパルデューさんの声が聞こえた

「わたしはラジオ・クラシックしか聴きません」

わたしの嗜好とも通じる




dimanche 16 décembre 2012

改めてパリのカフェを味わいながら考えを纏める


 今日の夜明け

下の方がどんよりした茶色味を帯びた雲がゆっくりと北東の方角に流れていた

今日はどんな一日になるだろうか

そんな想いとともに不思議な朝焼け雲を眺めていると、静かな雨音が始まった

朝8時、昨日に比べて皆さんの目覚めが遅いようである

しばらくしてバルコンに出ると、これまでの雲がどこかに消え、晴れ上がっている

女心とパリの空

本当に変わりやすい

そこが気に入っているところでもある



 午後、締め切りが過ぎたばかりの原稿に取り掛かるため、レピュブリックに出る

メトロから地上に出ると、マリアンヌのモニュメントがいつになく光っている

また、レピュブリック広場を新しい姿に変えようとするプロジェが進行中


しばらく周辺を散策

リブレリーでアラン・バディウさん (Alain Badiou, 1937-) の本を見つけ、手に入れる

 それからサン・ドニあたりまで歩き、カフェに入る

これまでに訪れたどの町のカフェとも違う空気が流れているパリのカフェ 

もしパリにこの空間がなければ、一体どのように「仕事」をしていたのだろうか

彼らがどう感じているのかわからないが、わたしにとっては掛け替えのない場所になっている

今日のところ、まだ調子は戻っていないようだ
 


帰りにわが町の広場を通ると、この季節恒例の小屋が並び、人で溢れていた




samedi 15 décembre 2012

免疫学会講演に対する印象的な感想をいただく


今朝の夜明けは、予報を裏切る快晴

やっと気分が晴れそうな週末だ



先日、神戸で開かれた免疫学会で 「免疫を説明する」 という演題で話をさせていただいた

免疫学を哲学する、とでもいう内容である

このような話をする時いつも気になるのが、現場の科学者の反応である

科学者や科学という営みに何らかの刺激を与えることができないかという願いがあるからだ

哲学という領域に閉じ籠もっていたくはないということでもある


講演の後にコメントをいただいた武田昭様にお礼のメールを差し上げたところ、印象的な文章が届いた

インターフェースから語りかけたいという考えの持ち主にとって嬉しいメールであった

これからの研究者にとっても有益なメッセージが含まれていると考えたので、以下に転載したい

転載を許可していただいた武田昭様には改めて感謝したい


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メール拝受。ありがとうございます。   
神戸の免疫学会における先生の御講演、大変、感銘いたしました。
私は臨床医ではありますが、長らく、免疫学領域の研究に携わって参りましたので、免疫学の根幹が、いわば哲学的な発想に起源をもつことに、いかばかりかの理解を持つ人間ではあり、このたびの先生のお話に、とても魅了されました。
近年の、実利的・物質的な研究が隆盛を極めている日本の免疫学の現状を見ますと、ややもすれば、大局的・俯瞰的な視点が希薄になってしまっているのではないかと、危惧する者の一人です。
とくに、今の免疫学会における若い研究者の方々の発表の中には、細かい実験Dataは豊富ながら、しばしば、その研究の座標軸が判然とは見えず、したがって自分たちのおこなっている研究の位置づけに対する意識が(それゆえにパッションが)、なかなか伝わってこない場合も少なくないように感じています。
かつての日本の免疫学を推進してきた多田先生たちの世代、いわば研究者としての品格をもつカリスマ的な先達が、一線から姿を消していることも要因の一つかも知れません。
こうした変遷する時間軸の中で、今回、先生のレクチャーが、本学会で披露されたことは、大変意義深い歴史的イベントであると、実感しております。
私の浅薄な研究生活の中で、恐れながら、免疫学ならびに免疫学研究の、他の分野には見られない醍醐味は、その複雑性・多様性を包含するシステムの普遍性を求めるところにあるのではないかと、感じております。
そこに、人間的な、あるいは形而上学的な、思索というものの入り込む素地が存在するのではないかと思っております。
先生の御講演によって、日本において、さらに多くの若手研究者が、免疫学の、本来の魅力と、その広い影響力に開眼し、これからの本邦の真の免疫学の発展に参画し貢献してくれることを願っております。
先生のますますのご活躍を祈念いたします。
武田 昭 
国際医療福祉大学病院 アレルギー膠原病科
聖路加国際病院 アレルギー膠原病科*(非常勤)



vendredi 14 décembre 2012

冷たい雨の金曜日、グレン・グールドさんが蘇る




今日も冷たい雨が降っている
 
久しぶりにグレン・グールドさん(Glenn Gould, 1932-1982)の世界に身を委ねてみたい気分になる

 それにしても享年50とは短い人生だったと改めて思う

人間の生をどのように考えればよいのだろうか

グレン・グールドという存在から迸り出たものは今でもそこかしこに漂っている

人間には体と魂が備わっている

彼の体は50年で消え去った

ただ、彼の体と魂が生み出したものは消えていない

彼は死んではいないのだ

そう考えると、死ぬ人間はいるのだろうか

これまでこの地上に生まれた人間は今でも生きているはずである


過去に命を吹き込む作業

そこから人間を蘇らせ、この世界に再び送り込む作業

それは現在に命を吹き込む作業と同義かもしれない

そこから生まれる奥行きや重層性をもっと味わってみたいものである








jeudi 13 décembre 2012

今年最後のディスカッション


今日の午前中は用事で数か所を訪問

午後からは日本に帰る前に指導教授に送っておいた原稿についてのディスカッション

現段階での状態を検討した後、これからの方向性を議論

3か月後くらいまでに全体の輪郭がわかるところまで持って行きたいものである

その時点で再度ディスカッションになるだろう

これくらいの間隔だと、問題を大きく捉えながら進めそうである


今日は時々冷たい雨が静かに降っていた




mercredi 12 décembre 2012

治らない思い込み、やっとのことでアパルトマンに


昨夜、パリに戻った

わがアパルトマンに着き、3週間ほどの疲れを癒そうかと思って鍵を開けようとする

ところが、ドアが開かないのだ

そう言えば、この不在中に検査があるようなアノンスが出ていた

人が入って、これまで使ったことのない二つ目の鍵をご丁寧にも閉めてくれたと結論

手持ちの鍵をいくつか試すが、全く合わない

何ということかという思いとともに、近くのホテルを探すことにした

不思議なことに、この状況でも心は凪 

重い荷物を二つ持って心当たりのホテルへ

すぐに見つかるかと思いきや、このあたりでもコンプレだという

3軒目も今週いっぱいはコンプレ

そこでもう1軒紹介される

これが駄目なら、メトロで一泊との思いも浮かぶ

街が冷たくこちらに立ち向かってくる

幸い、4軒目で空室が見つかった

この辺りにこんなにもホテルがあったことに驚く

高級とは言えないが、高いホテルだった

が、仕方ない

アパルトマンからそれほど離れていない宿に泊まるというのも不思議な感覚である



一夜明け、ガーディアンのところへ予備の鍵をもらいに出向く

しかし、そこにある鍵でも開かない

一体どうしたことか

と思いながら、最後に残ったものを試すとドアを開けてくれた

 その鍵はここには合いそうもない形をしているので、最初から除外していたのである

 それから徐に自らの鍵の束に目をやって驚く

ちゃんとあるではないか

昨晩もそれがここの鍵のはずがないと決めてかかっていたのである

この手の思い込み、決めつけがよく観察される

それを試してみようという気持ちさえ抑えてしまうのだ

どうしても治すことができない病気である

 今回の治療費でも足りないだろうか



長い一夜だった

まさにセラヴィ

久しぶりのアパルトマンで朝のカフェを味わう




lundi 10 décembre 2012

漱石の命日に神楽坂界隈散策、フラットな接触を愉しむ



昨日の午後、嫌いではない神楽坂界隈を散策する

坂をかなり行ったところでいくつかの接触があった

例えば、こんな具合である



Ayumi Gallery 前の路上に懐かしい箱を出し、その上でコーヒー豆を売っている若者二人

この周りには通りがかりの人が集まって何やら言葉を交わしていた

人と人の間に境を感じない、自然に言葉が混じり合うフラットな空間がそこにある

おいしいですよ、という周りからの声を何度も聞く

写真を撮ろうとすると、皆さん静かに画面の外に出て行かれた

"home roasted coffee beans" haze と書かれたパンフレットをいただいた

週末、この場所か冒頭のモダンな赤城神社に出るあかぎマルシェで開店しているという

 

 民家をアートギャラリーにした Ayumi Gallery

 中に入ると、山縣寛子展 「留守居邸風聞集」 が開かれていた

まだお若い方である

「不在」 をテーマに描き続けている、と案内にある

ご夫妻でフィンランドに1年間滞在されたとのこと

どのような影響がこれから出るのだろうか
 
 


日本的でこじんまりした空間は、なぜか落ち着く

イースター・エッグが目に付いたが何か意味でもあったのだろうか

短い滞在だったが、静かな長い時間に感じた



同じ敷地にはアートガレー Kagurazaka がある

そこでは、滝かつとし展 「里からの花便り」  が開かれていた

長閑で素直な世界が広がっていた



同年代と思われる滝かつとし様

ここでの会話もフラットそのもの

貴重な作品の写真版をプレゼントしていただいた

ご本人のサイト: 滝かつとしギャラリー



上の展覧会会場は人で溢れていた

奥の方で、1916年(大正5年)12月9日に亡くなった漱石を偲んでこの会があったからだろう

この日は漱石さんの命日だったのだ




dimanche 9 décembre 2012

寒風吹きすさぶ中、六本木、ミッドタウン散策


実は昨日の夜、ホキ徳田さんの北回帰線がなかなか開かず、困った

仕方なく、六本木あたりを散策

それでもまだ開かず、ミッドタウンまで出た

お相手は山歩きが趣味とのことで、こちらは軽快な足取りの後を付いていくだけ

お蔭様で、わたしの目を愉しませてくれる形と光に出会った

以下、ほんの少しだけ





 安田侃 「妙夢」
 

東京ミッドタウンのクリスマス・イルミネーション


最近は人工的なものにはほとんど反応しなくなっている

より正確には、人工的だと感じるものと言うべきかもしれない

いずれにせよ、この界隈、若者で溢れていた



samedi 8 décembre 2012

ヘンリー・ミラー・メモリアル・バー 「北回帰線」 のホキ徳田さん


今回の仕事が終わったせいか、気分が久し振りに解放された快晴の週末

その書を求めて街を彷徨う

3軒目の紀伊国屋新宿南店で原書と翻訳を見つける

英語は読む気分ではなく、せっかく日本にいるので新潮文庫を手に入れる

早速、店の前のベンチに座り、強い風を受けながら読み始める

時々頭を上げると、空がどこまでも青い

そして、この言葉に出会った

「もしこの書のうちに、生気をうしなった人々のまどろみを醒ます震駭的な打撃力が示されているとするならば、われわれは、われわれみずからを祝福しようではないか。なぜなら、われわれの世界の悲劇とは、まさしくこの世界の惰眠を呼びさますことのできる何ものももはや存在しないことにあるからだ。そこには、もはや激越な夢想がない。精神をさわやかにするものがない。目ざめがない。自意識によって生じた麻酔のなかで、人生は、芸術は、われわれの手からすり抜けて、いまや姿をかくそうとしている」 (アナイス・ニン

「この書」 とは、ヘンリー・ミラーさんHenry Miller, 1891-1980)の 『北回帰線Tropic of Cancer

夜のために、その世界を覗いてみようという珍しい心持であった

このようなタイミングが読む気にさせたことは間違いない

解放感が論理を超えた広がりを求めたのだろう


まどろみを破る力のある文学があるとすれば、同じ力を持つ哲学があってもおかしくない

惰眠に陥りがちな見方に横からゆさぶりをかけることもその中に入るだろう

 わたしの願いもそのあたりにあるのではないか

そう努めることにより、自らをも目覚めさせるという魂胆が見え隠れする

最後に 「こと」 を決めるのは、この世界をどう見るのかに掛かっている

そういう感触がどこかにあるからだろう


夜、帰国の度に東京案内をしていただいている方からホキ徳田さん (1937-) の 「北回帰線」 にお誘いを受けていたのである

ウィキによると、ホキ徳田さんは46歳年上のヘンリー・ミラーさんと結婚

しかし3年後に別居、1978年には離婚されている

徳田さん41歳、ミラーさん87歳の時である


お店の始まりは8時半であったが、その時の雰囲気で変わるような印象を持った

演奏は基本的にリクエストに答える形であった

そんなことなら考えて行くべきだったと思ったが、後の祭り

演奏もゆったりとして、ひけらかしや気負いが全くない

包み込むような歌声であった

これまでの人生が自然に滲み出すのだろう

久し振りの英語の世界でもあった

わたしは堪能した


演奏の合間には個人的な経験を直接語りかけてこられる

随分とざっくばらんな語りであった

ご両親はホキさんに世界に目を開いた人間になることを願っていたようである

ホキさんにとって山手線の内側がすべてで、その外側は「田舎」との世界観をお持ちのようであった

「随分と薹が立った学生ですね」 との的確なご指摘をいただいた

ご自身は、心ときめくことがなくなったのがお悩みとのこと

最初は貸切状態だったので、贅沢なもてなしを受けたような気分になった


その中で、ミラーさんが "cosmic eye" を大切にしていたという話が出る

この地球を宇宙の目で見るということらしい

この視点はわたしも大事にしたいと思っているもので、興味深く聞いた


もしこのタイミングでこの店にお誘いを受けていなければ、冒頭の言葉に出会うことはなかっただろう

もう3年半も前になる

エルサレム訪問の折、旧市街西壁の前に立ち、浮かんできた言葉を書いた紙切れを隙間に投げ入れた
その紙切れには、わたしの願いが書かれていたはずである

もしニンさんの言葉に触れることがなければ、願いの輪郭を思い出すこともなかったかもしれない

このような機会を与えていただいたことに改めて感謝したい


ところで、ホキ徳田さんはご自身のラジオ番組 「ホキ徳田のYummy Music」 をお持ちとのこと

以前は夕方やっていたらしいが、今は土曜のミッドナイトから始まるという

何とあと5分である

これから聴くことにしたい


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徳田さんの語り、想像以上に軽快であった

これからパリでも聴いてみたい番組になりそうである



vendredi 7 décembre 2012

今回の仕事終わる、すると二度目の大地の揺れ


神戸から東京に戻ってきた

夕方、本屋さんに入っている時、大きな比較的長い揺れを感じる

日本に帰ってくると、必ず一度は出会う大地の揺れ

今回の滞在では、これが2回目になる

向こうに行って気付いたのは、日本という国は頻繁に大地が揺れる特殊な国だということである

それに慣れてしまうと、「こと」 を甘く見ることにもなるだろう
 
遥か彼方の永遠や普遍に目が行かないのもよくわかる



 ところで、今日で今回の 「仕事」 が終わった

前回もそうだったが、3つのことを準備するのはなかなか大変である

本業が完全に疎かになっている

次回は少し減らしたいものである

あるいは、これがわたしの生きる道なのか




jeudi 6 décembre 2012

免疫学会は変容の時か


今朝は気持ちよく晴れ上がってくれた

空は晴れても晴れない心

そんな状態で朝を過ごす

最後は、ぶっつけ本番ということにしてホテルを出た


始まる前、座長の労を取っていただく善本知広先生(兵庫医大)と食事をしながら歓談

科学、芸術、日本などの大きな世界を考えることの魅力について話されていた

最近、大学の40周年記念に藤原正彦氏を招いての講演会があったとのこと

興味深いお話が聴けたようである


会場に入ると、多くの方が参加されていて、いつものように驚く
 
不安定な時代に何らかの指針を哲学的な話に求めるということなのか

あるいは、日々の営みから少し距離を取って考えてみたいという欲求の表れなのか

いつも責任のようなものを感じるが、あくまでも院生のレベルなのでその効果は極めて疑わしい


わたしの話の方は、やっとのことで時間内に収まった

ということで、残念ながら質疑応答の時間が取れなかった

こちらとしてはいろいろなクリティークをいただきたかったのだが、致し方ない

ただ、終了後に何人かの方から貴重なご意見をいただいた

今の科学の流れに疑問を持っておられる方が少なくない

また、東京での会SHEについても紹介したが、興味を持たれる方がおられた


会場は、これまで以上にこの領域の話を落ち着いて聞いてみようという空気で溢れていた

もの珍しい話に触れるという雰囲気が消えているのである

学会も成熟期に入り、会員の求めるところが少しずつ変容しているように感じた

「こと」 は最後には哲学や思想に行き着く

もしそうだとすれば、今進行しつつある変容は望ましいものなのかもしれない



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(2012年12月15日)



mercredi 5 décembre 2012

本日も準備


 本日も明日に迫った講演の準備をする

どのようなことになるのかは、蓋を開けるまで分からない

こちらに来る前に準備完了しているのが理想なのだが、どうしてもそれができない


散策の途中、本屋さんに立ち寄りじっくり時間を過ごす

移動中に読めそうな本を何冊か手に入れる


夜は昔からの友人と肉をつつきながらの四方山話

リラックスした雰囲気の中、久しぶりに貴重なお話を聞いた

また、現在連載中のエッセイについても読んでいただいているとのこと

筆者の裏側にまで想像が及び、それが正鵠を射ているのに驚く

いろいろな方がそれぞれの読み方をされていることに改めて気付き、恐ろしくなる

それにしても、欠食児童よろしくよく食べる

少々食べ過ぎではないか

 醜い体になりつつある


 



mardi 4 décembre 2012

日本文化の根にあるものとは


今日は木曜に予定されている免疫学会での講演準備に追われた

まだその姿が見えない

明日さらに考える必要がありそうだ


今夜は関西に来た時には必ず声を掛けていただいている先輩のS氏と大阪で食事を共にした

話題は日本に関することが多かったように記憶している

日本の特徴、さらに言えば、日本的なるものとは、という点に行き着くのだろうか


何事も最後まで突き詰めて考えることをしない

論理的に考えない

これがなくなれば日本ではなくなるという日本の本質のようなものはあるのか

 あるとすれば、何なのか

それを語る人を見たことがない

このような話題が出た時、専門家が発言することはあるのだろうか

専門家として語らなければならないはずである


それに関連して、日本の伝統である歌舞伎や文楽の話が出た

S氏が仕事を辞めてから観るようになった領域とのこと

その話を伺いながら、奥深い日本文化の一端を覗いた気分になる

と同時に、そこにあるのは論理ではなく、情の世界であることにも気付く

感情の世界では今より豊かな生活が営まれていたようにも見える

その痕跡はわたしの中にも見えるようだ

普段は奥深くに眠っていて気付かない

これは日本的なるものの大きな要素になるのだろうか



日本を特徴付けているもの

興味尽きないテーマである

いずれ回帰したいところでもある


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一夜明け、歌舞伎の中村勘三郎さんが57歳で亡くなられたとのニュースを見る

何かの繋がりだろうか

これまでになく身近なことのように感じられる




lundi 3 décembre 2012

神戸大学で講演、そして久しぶりの歓談

 寺島俊雄、的崎尚、久野高義の各氏 (いずれも神戸大学)


今日は、夕方から神戸大学医学部で大学院修士と博士を対象としたコースで講義をした

講義自体はオープンだったようで、学生以外の方の参加も見られ、わたしの想像を上回る人数であった

1時間ほど、科学に内在する哲学について概説した後、これからの知のあり方についての私見を述べた

その後、質疑応答になったが、残念ながら教員の方からのものがほとんどであった

例えば、

1) 日本の哲学が用いている言葉の難解さについてどう思うか

(どうして誰でもわかる言葉を使わないのかということ)

2)  日本とフランスにおける哲学の浸透の程度に違いはあるのか

(日本は本当に哲学のない、哲学のできない国なのか)

3) 科学と哲学の関係についての分析はあったが、科学者は哲学とどう向き合えばよいのか

4) わたしはどのような方向性の哲学で科学に向かおうをしているのか



講演終了後、冒頭の写真のお三方と久しぶりの歓談となった

今回声を掛けていただいた寺島氏に昔同じ領域だった的崎、久野の両氏が加わって愉快な時間となった

ただ、お三方ともわたしを見る目に若干の濁りと歪みがあるように感じたが、錯覚だったのだろうか



歓談の場となった中華料理店 SAY YAN




dimanche 2 décembre 2012

神戸北野で旧研究室メンバーと再会

(カメラを忘れ、小巻氏のスマホで撮影)


今日から神戸に入った

日本の研究室で時間をともにした小巻氏とお母上が昨年パリを訪問された

昔の研究室仲間とパリの時の流れを味わう (2011-10-06)
 
1年ぶりの再会を果たした

今回は、北野のレストラン Kujira no Andy でゆったりしたデジュネを味わった

小巻氏のご家族とは開店以来のお付き合いとのこと

日曜のお休みの時間を割いていただいたお二人には感謝したい
 

上の写真の後ろのお二人が、お店の主のご夫妻である

メイン・ディッシュが二つのコースだったので、このところの栄養過多状態に拍車がかかった

ただ、明るいお二人との会話が消化を促してくれたように感じる

また、開店以来訪問された方々のアルバムを見て、お客さんとの交流を大切にされている様子も伝わってきた

土地柄、外国のお客さんが多いのは想像できた

ただ、わたしでも知っている方々の写真が何枚も出てきたのには驚いた

神戸を再訪することがあれば、また立ち寄ってみたいお店になった


 夕方、外に出ると雨

雨に濡れながら坂を下りる

パリの感覚が蘇る



samedi 1 décembre 2012

第4回 「科学から人間を考える」 試みのまとめ


第4回 「科学から人間を考える」 試みの簡単なまとめを以下のサイトに掲載しました

参加された皆様からいただいた貴重なコメントが中心になっています

興味をお持ちの方はこちらのサイトをご覧いただければ幸いです

よろしくお願いいたします