mardi 17 septembre 2013

日本とフランスの時空間が融け合っている


昨日、大阪から戻る時、台風で足止めを食らった

大阪はすでに晴れていたが、途中に問題のところがあるとのことで、動き出したのは午後3時過ぎ

駅は大混雑、自由席だけの販売であった

ホームに入っても ひと ひと ひと

なかなか乗り込めない

やっと乗ったものの座る席なし

しかもTGV並みに40分の遅れ

久し振りに、膝に関節があることに気付く

とんだ敬老の日であった

ということで、予定されていたランデブーを残念ながらキャンセルせざるを得なかった
 


ところで、問題の富士川を通過する時、不思議なことが起こった

手にしていた本の中に白隠(1686-1769)の「富士大名行列図」の解説が現れる

そこに描かれている川が、何と富士川だったのだ



一夜明け、今回の日本滞在も残すところ一日となった

今回も多くのものを齎してくれた

個別のことはいろいろとあるのだろうが、今はその全体を体と心で受け止めておきたい


向こうに渡った当初、帰国すると日本が実に新鮮に見えた

それはフランスでの生活が意識の中でも具体的な面においても別のレベルにあったからだろう

しかし、時が経つにつれ、別のレベルにあったものが次第に同じ平面上に移行していった

日本とフランスの移動が水平方向のものに変容していったのである

今回新たに感じたことは、日本とフランスの時空間が融合し、一体になっているということだろうか


以前からフランスに戻る前に感じていたことがある

それは母屋の日本から離れにある書斎にこれから戻るという感覚である

今までとの違いは、そのことを意識することなく、ごく自然に移動していることだろう

今回帰国した折、日本の鮮度は僅か一日程度の命であった

その時に触れたことは今でもよく残っている

 鮮度を上げるには帰国の頻度を下げることだが、どうなるだろうか


 午前中、日本橋で用事があり出掛ける

それが終わり近くの本屋さんに立ち寄る

以前にも入ったところだ

そこで数冊手に入れる

早速、日本橋を目の前にして、久しぶりのシガーとともにその中の2冊を手に取る

内村鑑三の 『後世への最大遺物・デンマルク国の話』 とリービ英雄の 『我的日本語』である

雲一つない空の下、「こと」 が終わった後のひと時を過ごす

何とよく日本語が入ってくることだろう

まさに至福の時である


それにしても東京の空は無垢だ

飛行機雲に穢されることがない

パリの空とどちらが好きかと問われれば、穢れている方

そう答えざるを得ないのだろう


飛行機雲の繋がりではないが、宮崎駿の 「風立ちぬ」 を観る時間があった

わたしにとっては初めての宮崎作品である

期待して臨んだが、残念ながらなかなか中に入ってこなかった



夜は、このところ恒例のように声を掛けていただいている学友お二人との会食

どうも囚われなく生きているように見える(!)人間の話を聴き、気持ちの箍を取ろうという魂胆のようだ

 今回も現世に触れることのできる話題に花が咲き、こちらの方が解放されたように感じている

次回もこのような機会ができることを願っている


これですべての予定が終わり、明日パリに向かう






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