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dimanche 1 février 2015

雪のシャルトルから戻る


昨日は午前中が快晴で、午後から雲が出始め、夕方からは雨になった

昼、街に出て、数年前のメモを読み直す

この間に書いたものの芽がいくつも転がっている

それだけではなく、まだ手が付けられていないものも見つかった

そして、当時から焦点を絞ってはどうかと考えていた様子も分かる

しかし、それはできず、更なる拡散に向かって行った

ここで絞るのは勿体ないと考えたのだろう


 そこに新年の出来事が飛び込んできた

このことにより、ここ数年がループ状になり切り落とされた印象がある
 
その間の贅肉が取れ、学生としての気分が残っていた数年前と今が繋がったように感じるのである

そのため、若返ったような、緊張感が蘇ったような新鮮な感覚がある

実に不思議である


今朝は曇りから雨になったが、シャルトルを去る頃には雪に変わっていた

この冬初めて見るのではないだろうか

今回の滞在で一番寒い日に離れることになるのは幸いであった

駅に向かう途中、大聖堂に向かう2-30人の日本からの観光客に遭遇

皆さんがわたしに向かって、Bonjour ! と楽しげに声を掛けてきたのには驚いた






vendredi 30 janvier 2015

シベリウスとダイアナ・クラールさんを高揚感の中で聴く


本日も雨模様

街に出て、これからのことを具体的に考える

次第に気分が高まってきた


今年はジャン・シベリウスの生誕150年

Jean Sibelius (1865年12月8日-1957年9月20日)

記念の行事が日本シベリウス協会を始めとしていろいろ準備されているのだろう

早速肖ってバイオリン・コンチェルトを聴いてみた

演奏はマキシム・ヴェンゲーロフ(1974‐)とバレンボイム(1942‐)指揮シカゴ交響楽団




第三楽章で、なぜか感極まりそうになるところがあった

 朝の気分の高揚がそのまま重なったのだろうか

珍しいことである


カフェを出て、FNACに立ち寄る

視聴用にダイアナ・クラール(1964‐)さんの最新カバーアルバムが出ていた

Wallflower (2015)

ボブ・ディラン1971年作の曲名だが、本家の方は20年ほど眠りについていたという

クラールさんとはこれまで相性が良くなく、手に入れるところまではいかなかった

しかし、これはすんなり入ってきてくれた

初めての経験である

朝から維持されていた感覚器の張りつめた状態のお蔭だったのかもしれない

ここから教訓を引き出すとすれば、これまでのだらだらとした朝の時間を改めよ、ということか




帰り道、このところ見えなかった昼間の青空まで仰ぐことができた


こういう流れの良い日も珍しい














jeudi 29 janvier 2015

思いも掛けず、コンシュさんに再会


本日も雨交じりの空である

街に出て雑誌スタンドに入る

Le Point の社会面にお馴染みの顔がある

先月取り上げたばかりのマルセル・コンシュ(Marcel Conche, 1922-) さんだ



何事かと思いきや、昨年出た Epicure en Corrèze 『コレーズのエピクロス』がベストセラーになっているという

そのため、観光客がコレーズ県のアルティヤック(Altillac)にある家に押しかけるほどだという

私生活、特に愛情生活について触れているところがあるためだろうか

以前に愛について書かれたものはある

しかし、今回は人生を振り返るという語りなので広く訴えかける力があったのかもしれない


コンシュという哲学者は、フランスでもほとんど知られていないのではないだろうか

そうだとすれば、92歳にして一般に知られることになった哲学者ということになる

今、日本の状況をグーグルで調べて、驚いた

2ページまでのほとんどはわたしが書いたものになっている

日本に専門家はいないということかもしれない


コンシュさんは言ったという

「唯一無二の人間になるためには、ある種の英雄的行為が求められる」

敢えて他の人と同じようになろうとしないこと

それは想像を超える勇気を要することなのだ、と言っているようにわたしには見える





mercredi 28 janvier 2015

目的に向かうことは、美しくないのか


昨日は夜になり雲が消え、星空が綺麗であった

しかし、今日も雨模様

今回も天候には恵まれなさそうである


今日はカフェ二軒を梯子して、「こと」に向かおうとする

未来を語っているうちは気分爽快だ

がしかし、そこに至るために「いま・ここ」でやらなければならないことになるとさっぱりである

場所を変えるという程度では、最早誤魔化されなくなっている


この7年余の間に、目的に向かうという精神状態を受け付けなくなってきたのか

あるいは、その志向は以前から奥深くを流れていて、それが顕在化してきただけなのか

目的に向かうことは、それほどまでに美しくないことなのか

どうもそう考えていると思わざるを得ない状態である





mardi 27 janvier 2015

シャルトルでシャルル・ペギーさん発見


 本日も太陽は見えなかった

街に出た帰りに寄り道をする

これまで何度も通っているところだが、初めてこの碑が目に入る

これまでどこを見て歩いていたのだろうか


 ベルクソンの弟子で、若き日には政治に関与したが、後年神秘主義に傾倒していったという

1914年、ヴィルロワでの戦いでドイツ軍により殺される

享年41


Charles Péguy (1873-1914)





lundi 26 janvier 2015

外に開き、「共にする」 ことの意味


朝から街に出た

夜に雨が降ったようで、路面が湿っている

ただ、先月ほどの寒さは感じない

今日は日の光を見ることはできなかった


新年の出来事から見えてきたこと

あまりにも当たり前なのだが、身に滲みて理解できたことなので記しておきたい

 それは、後に残るものはそれまでに共有されたものだけだったということ

今回、自分の記録を失ったようなところがある

それは自らの記録なので、ある意味では記憶を失ったとも言える

 そこで、どこかにその断片は残っていないかと探してみると、すべて共有されたものであった

例えば、人とのメールのやり取りで交換した文書やスライドなど

添付書類として雲の上に保存されている

ブログには記事や写真が残されている

また、カフェSHEやPAWLなどのサイトには、その記録や写真やパワーポイントまで残されている

すべて公開され、共有されたものであった


文化は伝承されて残る

大袈裟に言えば、細やかな営みも記録され、伝承されることがあるとすれば、文化になり得るだろう

勿論、個人の記録として保存することは可能である

しかし、それを外に開き、「共にする」 ことで得られるものは想像を超えるのではないか
 
そういう認識を持ちながら行動することで、これまでとは全く違う景色が広がってくる

これも新年の出来事のお蔭かもしれない






dimanche 25 janvier 2015

再びのシャルトルで


気分転換を兼ねて、二か月ぶりのシャルトルに着いた

もうパリ市内の別のところに行くような感覚になっている

お馴染みとなった

この一週間、場所を変えて何ができるのか、様子を見ることになる

ホテルに向かう途中、大聖堂の辺りを通ったが、日本語が溢れていた

少しは寒いが、予想を裏切る穏やかな天候である

この状態が続くことを願いたい



新年の出来事による変化の一つが見えてきた

ここ1年ほどで過去の遺物に見え始めたメモ

あれほど振り返りたいと思っていたにもかかわず、そこに戻ることができなかったメモ

 それがこれまでにも増して貴重なものに見えてきたことだ

先日、そのあたりに置かれていたものを机の上に並べてみた

それを眺めながら、これまでの蓄積の時が終り、これから蓄積の掘り起しが始まることに思い至った

より正確には、掘り起こしを始めなければならないと思っていたのだ

何とも皮肉なことだが、そうなるためには今回のようなカタストロフが必要だったことになる

意識や生活を変えるためには、断絶が必要になる

それほどまでに、われわれの生は何気なく流れているのだ








dimanche 14 décembre 2014

最終日は、霧に霞むシャルトル


今朝、シェードを開けると予想に反して霧に霞む景色が広がっていて、やや興奮する

早速チェックアウトをして、街を写真に収めながら駅に向かった

こういう景色を見せてくれるとは、誰が予想しただろうか

実は、今回の予定は昨日までのはずだった

自分の中ではそうなっていたので、こちらに到着して驚いたのだ

変更は不可能な予約とのことで今日までになったが、こんな驚きが待っていようとは

今日の霧は、これから晴れに向かうのではないかと思わせる希望を感じさせるものである

大聖堂に向かうスペイン語を話す観光客の声も弾んでいた
 
広場では、前回も味わった彫刻が全く異なる佇まいを見せていた


これからパリに戻る
 








samedi 13 décembre 2014

シャルトル7日目


昨夜は激しい雨音と風の音が聞こえた

今朝も雨

ほぼ予報が当たったことになる

午前中、雨の中を街に出て、宿題をやる

一つ終わらせることができた


それからリブレリーに寄ると、昨日書いたローラン・ビネさんの小説 HHhH (2010)が目に入った

Himmlers Hirn heißt Heydrich の頭文字である

「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと言う」の意

SSのトップ、ヒムラーの右腕と言われたラインハルト・ハイドリヒの暗殺に関する物語

想像による創造を交えず、資料だけを基にした語りに徹する小説のようである

その意味ではドキュメンタリーとしても読めそうなので、二軒目で読んでみた

すんなり入ってくる

翻訳が 『HHhH: プラハ、1942年』 (東京創元社、2013)として出ている


雨はさっぱり止む気配がないので、三軒目に向かった

そこでは、もう一つの宿題に当たる

ある程度まで進むことができた


外が真っ暗になった時、雨は上がってくれた






vendredi 12 décembre 2014

シャルトル6日目


今朝は雨交じりの強風が吹いていた

昨日と同じカフェで過ごす

少し奥の席に座るもやはり冷える

今日も二時間ほど

ホテルに戻ると、明るい日の光が見えたので予定を変更して再び出る

しかし、途中雨に当たった


夕方まで別のカフェで日本から紹介いただいた方を調べる

ローラン・ビネというフランス人作家と昨年亡くなったイギリスの哲学者ピーター・ギーチさんである

小説とフランス以外の哲学者という盲点にあった方になる

いや、そんな体裁の良いことではなく、盲点だらけで発見に溢れた世界と言った方が正確だろう

この世界について知っていることなど、本当に限られている

それで良いというより、人間をやっている以上は仕方ないことだろう
 
 店員さんは今夜のパーティに合わせて、テーブルの配置を変えていた

帰りも風が強かった





jeudi 11 décembre 2014

シャルトル5日目


本日も曇天だが、時に薄っすらと日の光を感じるので滅入ることはない

今朝は風が強い中、相性が良さそうなカフェを求めて歩く

結局、新しいカフェが見つかり、そこで仕事をする

窓際なので次第に体が冷えてくる

2時間ほどで出た

少しだけ仕事の中に入って来たという感触を得る

その後、ホテルに戻り、また出るということを繰り返す

 パリに戻っても続けられるリズムを見つけることはできるだろうか




mercredi 10 décembre 2014

シャルトル4日目


今朝は曇天で、雨音が聞こえた

暫くして出掛ける頃には雨も小止みになる

ホテルを出て坂を登るところでは、道路脇を水が勢いよく流れている

昨日と同じカフェに入り、奥の方に落ち着く

しかし、次第に寒くなり、昨日とは違う道を通って帰ってきた

途中、市場が開いていた

ホテルに落ち着き暫くすると空が明るくなり、日の光が微かに差し込んできた

これから晴れそうな気配がするのだが、、、


これまでのところ、濃密な時間が流れている



 







mardi 9 décembre 2014

シャルトル3日目


 今朝は予報を裏切り、晴れ渡る

到着した日の鬱々とした気分も晴れ渡る

今朝の大聖堂は朝日を浴びて朝焼け状態

神々しい


今日も 昨日と同じカフェに向かう

集中できるので選んだが、次第に寒くなってきた

それからデジュネのためにカフェを変える


今日は寒い中を歩きたくなる
 
この夏には行くことのなかったところまで足を延ばす

一旦ホテルに戻り、再び別のカフェへ

ここで灰皿(cendrier)を要求するも、路上が灰皿とのこと

なぜか嬉しくなる

今日の景色からいくつか
 












lundi 8 décembre 2014

静かなシャルトルで宿題


 今朝は大聖堂の鐘が6回打ったところで目覚める

シェードを開けると、外はどんよりとした曇り

予報が的中するのかとも思ったが、出掛ける9時過ぎには青空が見え、少しだけホッとする

空いているカフェで昼過ぎまで宿題に取り掛かる

この間に雨が降ったようで、道に水溜りが出来ていた

風が強い街中では日本からの観光客と思われる方を何人も見掛けた

多くの店が閉まっており、静けさが町を包んでいる

まだバカンスには早いとは思うのだが、、、

帰る途中、夏に見た景色を確かめる

ホテルに戻ると、再び曇り、そして雨模様になってきた

 









dimanche 7 décembre 2014

シャルトル到着


今日のお昼過ぎ、シャルトルに着いた

この夏に訪れたところである

観光シーズンでもあり、ホテルも何かをするという雰囲気ではなかった

今回は、静かな環境で何ができるのか、様子を見る意図があった

パリから一時間ほどなので、全く苦にはならない

寒いことは寒いが、この旅を計画した二月前に想像したほどではない


宿泊は、大聖堂横にある修道院か寮のようなところをホテルに改築したところ

学生寮を綺麗にした感じで、前回のホテルに比べると半額に近く、有難い

 第一印象は、何かできそうな雰囲気がある

 先日、業者から今週一週間の天気予報が送られてきた

こんなことは初めてだが、すべてが曇りか雨であった

 どんな一週間になるのか





dimanche 10 août 2014

シャルトル最終日、道標の意味がわかる


何気なく撮っていたが、案内書でサンティアゴ・ド・コンポステーラへの道標であることが分かる

言われてみれば、確かに、である

町々でアイディアを凝らしているのだろうか


今日の午後、パリに戻る

今回も想像を上回る収穫があった

いつものこと、想像していないのですべてが収穫になる

 わたしの旅の秘訣である


仕事を、と思ってきたが、無理であった

今はこの収穫に免じてよかったと思いたい

 次回は仕事を終えてから旅に出たいものである





samedi 9 août 2014

シャルトル六日目、大聖堂でわたしのキーワードを発見

 シャルトル大聖堂の哲学者


シャルトル六日目は雨はなく、青空の覗く曇りになった

先日の大聖堂の案内書で、哲学者がいることを知った

しかし、どこを探してもそれらしいものが目に入らない

本日、再度案内書を見直したところ、低いところにあることが判明

これまで上ばかりを探していたのである

出直して低きを見ると、ちゃんとそこにあった

この並びには、錬金術師、医者、建築家、画家などがいた

北側の右の門であった


 錬金術師

 
 医 者


同じ北側の左には、わたしのキーワードになっている営みが形になっているのを発見し、驚く


 省 察


 瞑 想


 読 書


 それからここの迷宮が有名だということを知る

先日は気付かなかったので、今日見ることにした



直径12mと大きいのと椅子が置かれているので最初は気付かなかったが、これがそれである

 係の人に訊ねると、毎週金曜だけ全体が見えるようにして、その中を歩けるとのこと

昨日も近くにいたので、残念なことをした

上から見ると、こんな具合らしい




迷宮については、いろいろな説があるらしい

一つは、「エルサレムの道」と言われるように、巡礼の意味があった

この中を歩くことで自らの内面を見る時間となる

そして、中心に辿り着く時には新しい人間になっているという含みがあるようだ


そう言えば、初日の夜に迷宮の庭を見ていたことを思い出した

最初と最後が迷宮とは、、

これからの道行きを暗示しているようにも見えてくる





vendredi 8 août 2014

シャルトル五日目も雨、街に出て考える

 シャルトル大聖堂のアリストテレス


シャルトル五日目の今日も朝から雨

本当に心が鎮まる

午後から街に出てカフェに落ち着き、ぼんやりする

途中、かなり激しい雨となったが、その雨も楽しむ

 先日手に入れた大聖堂の彫刻の案内書は多くのことを教えてくれる

その形が魅了してくれる彫刻の数は数えきれない

 目には見えない謙譲や信仰や正義や博愛などの多くのものが形になっている

それから、学問の世界や当時は目には見えなくなっていた学者まで形になっている

文法、修辞学、弁証論、 幾何学、天文学、算術、音楽 ・・・


 興味が尽きない建造物である

今回の大きな発見であった


そのアリストテレスは、こんなことを言っている

この科学は直接実用に供するものを何も持っていない

今日同様その起源において、人間を哲学に向かわせるのは驚嘆と称賛である

 哲学は有用性を求めるものでないことは明らかである

自分自身のためにだけ働く人間を自由人と呼ぶように、この科学だけが真に自由なのである

なぜならば、哲学はそのものだけを対象にしている唯一の科学だからである

つまり、有用性の奴隷になることを拒否するからである


 しかし、時代とともに科学も変化を始める

政治・経済に取り入り、自らがその奴隷となるべく動くようになる

自由人であった本来の根を忘れ、生きるためと言って深く考えることなく、進んで奴隷になるのである

そして、その奴隷が評価されるような世界が展開することになる

それは、「・・・ のために」 という呪縛の中に生きることを余儀なくされる世界

その呪縛から解き放つのが、芸術的な営みや感受性が関わる「無用の用」ではないだろうか

それが見えない世界は、さぞ息苦しいだろう




夜、雨の中、街に出る

カフェに休み目を上げると、比較的新しい屋根の上に大聖堂の塔の上の部分が目に入る

雨に濡れ、ほとんど廃墟の佇まい

死んだ建物に見える

これまでには見せなかった姿で、驚く

遠くからロックのコンサートの音が流れてくる
 

それにしてもこれまでになく落ち着く町だ




jeudi 7 août 2014

シャルトル四日目、ウール川周辺を味わう


今日も午前中は雨

小やみになったお昼から外に出る

カフェで暫く休んでいると驟雨が

パリと似たような変化である

大聖堂の彫刻の案内を読んでいたが、その中に膨大な歴史の情報が詰まっている

暫くして青空が覗き、この町の周りを流れるウール川l'Eure)の方に降りる





坂を下りたところで、朽ち果てそうなこの教会が現れた

聖ピエール教会

その壁を見ていると中世にまで引き戻されるような感覚が襲い、不思議な時間となった

横にはリセ・マルソー(Lycée Marceau)があった



1934~1935年の間、哲学者のメルロー・ポンティ(Maurice Merleau-Ponty)がここで教えていたという

また、ここの卒業生に首相だったジャン・ピエール・ラファラン((Jean-Pierre Raffarin)がいる



近くに政治家ピエール・マンデス・フランス(Pierre Mendès-France, 1907-1982)の石碑があった

 彼の言葉、「統治するとは、選択することである」 が刻まれていた
 
暫くするとウール川が見えてきた










川の水は濁っていて、水泳禁止

雨上がりの空気を感じながら、川の流れの音と深い緑の中をしばらく歩く

人がいないのでこの空間を独り占めしているような気分になり、堪能する

 

 帰りは急な坂を登らなければならなかった

途中、15世紀の詩人フランソワ・ヴィヨンFrançois Villon, 1431-1463)の名前が付いた小学校があった



今日も大聖堂に寄ってみたが、こんな景色が目に入った

全体の構図にうまく収まっていることに驚く