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samedi 6 août 2011

旅立ちの朝


田中昭 「華ごろも」







撫子


昨夜はレストランで会食、御主人も加わり話し込む。
その時、一度試してみる価値がありそうなアイディアが浮かぶ。
一瞬の出来事であった。
いろいろな方々と考えを交わしてみることの大切さを改めて感じる。






4年前、今日と同じタイトルで記事を書いたことを思い出す。
もう当時の感慨はなくなり、日常の一ページになっている。
今回の滞在も予想を上回るものを齎してくれた。
これから乾燥したパリへ向かう。




vendredi 5 août 2011

考え方の癖、あるいはここにないどこか



今回もいろいろな方とお話をする機会があった。その中でわたしの考え方に一つの癖のようなものがあることに気付く。しかもその根は学生時代、ひょっとするともっと前まで遡ることができるかもしれない。そんな想いとともに目覚める。


先週末、昨年もお世話になったお宅で食事をする機会があった。今回は、学生時代の第二外国語がフランス語で、わたしと同じような時期にダンテをイタリア人と一緒に読み始め、その言葉を物にされた方が加わった。そのためか、話は外国語から日本の状況、医学、科学、哲学、宗教と幅広くひろがり、その種が尽ることはなかった。そしてお宅の主がイタリアに留学されており、イタリア語にも通じていることを初めて知る。

その会話の中で、この場でも取り上げている日本の科学、医学、哲学などの状況についての印象を話し、どのように変わるのがよいのかについても大雑把に触れた。イタリア語の達人はわたしの現状認識にほぼ完全に同意され、随分前向きですねと言われた。その心には、もっと科学的、哲学的な思考をわれわれの中に取り入れることは不可能に近いという皮膚感覚があり、それをやると日本人が日本人でなくなるという大いなる皮肉があった。街に出て人ごみの中に身を置く時、その感覚が現実味を持ってくるから不思議だ。しかし、それでも何かをしなければ、という思いに駆られることもまた事実である。

今回、奥様の話で知ったことだが、お宅の主も仕事を終えた後は違うことに挑戦したいという思いを持っておられるようだ。いずれヨーロッパでお会いする日が来るかもしれないなどという考えを弄んでいた。翌日、専門に関するご著書が送られてきた。これからじっくりと新しい分野を勉強したいものである。




数日前のこと。ある科学者ご夫妻と会食する。いつものことだが、日本の科学、あるいは科学界の現実が話題に上る。ご本人は今その中にいて生きていかなければならないという厳粛な事実があり、現状を分析して如何に有効な方法を採るのかを考えるのは自然なことだろう。科学の世界だからと言って、科学的な考えで動いているわけではなく、あくまでも日本社会の枠の中にあるからである。わたしの方は、おかしな現状にまず目が行き、そこを変えなければ始まらないという考えに陥ってしまうのだ。これは今現場を離れているからそうなったというのではなく、おそらく以前から同じような考え方をしていたように見える。

現実に厳しく向き合うのではなく、どこか夢見がちなところがあるわたしの性向。こうして哲学に入り、さらに遠くからものを見ようとする今の精神状態は、わたしの根の部分と強く結び付いているのかもしれない。出発前日の朝、そんな想いが浮かんでいた。


jeudi 4 août 2011

磯江毅=グスタボ・イソエに科学者の精神を見る



先日、久しぶりに見た昔のお好み番組 NHK の 「日曜美術館」 でこの画家を知る。やっとその気分になったので出掛ける。駅を降りると雨が降り始めたが、パリ生活の影響か全く慌てない。気持ち良く雨に当たる。

館内のお客さんは多くはないが、少なくもない。丁度良い緊張感が保たれる空気の中、スペインで鍛えられたリアリズムの世界に浸る。彼は対象を極限まで見詰め、その本質に迫ろうとしたという。虚心で対象と長い時間を共にした後、一体どのような世界が開けたのだろうか。彼の言う本質とは、物の中にある内なる力、自然の摂理であり、それを引き出すことが彼の人生だった。その結果、物が体現してきた時間までも表現できたという。

対象を見えたまま克明に描いた後、物と空間の中から摂理を見出すという彼の営み。これは科学者が自然を直接あるいはある条件のもとに観察し、その結果の中から規則性や法則性を抽出しようとする営みと完全に重なる。科学を対象とした哲学についてもそのまま当て嵌まる。彼の作品と言葉に触れながら、前段の観察や資料の収集に邪心が入ると本質に至ることはできないことを改めて確認していた。

以前であれば、海外で人生を終えた人にどこか哀れを感じたものだが、今ではそういう感慨は沸いてこなくなっている。場所はどこであれ、その人間の持つ内なる欲求を十全に活かす環境で日常を送り、そして仕事をやり遂げた人生であればどこに哀れを催す理由があるだろうか。




「鰯」 (部分)

(展覧会ホームページより)

磯江毅 (いそえつよし、1954-2007) は大阪に生まれ、大阪市立工芸高等学校を卒業後まもなく単身でスペインに渡り、30年余りの長きにわたる滞西の間に油彩による写実絵画を探求しました。やがてアントニオ・ロペス・ガルシア (1936‐)に代表されるマドリード・リアリズムの俊英画家グスタボ・イソエとして認められ、国内外で高い評価を受けました。

彼のリアリズム表現は、文字通り事物の細部まで深く入り込んで具象的に描ききるだけでなく、現実世界が内包する神秘的なものまで捉えようとしているような精神の深まりを感じさせます。その根底には生死をかかえこむ生きものへの深い洞察と諦観が見て取れるのです。

2005年には広島市立大学芸術学部の教授に就任し、日本での活躍が期待されましたが、2007年惜しくも53歳で急逝。生涯をかけた絵による存在探求の試みは、絵画の高みを示すものとして、死後もなお輝きを発し続けています。

本展は、現代写実絵画に鮮烈な痕跡を残した磯江毅の本格的な回顧展として、磯江の初期から絶作までの代表作約80点を一堂に集め、彼の芸術の軌跡をたどるとともに、その稀有な画業を追想するものです。


mercredi 3 août 2011

フレデリック・バックという芸術家 Frédéric Back, un peintre et réalisateur de film d'animation canadien



電車のポスターで 「木を植えた男」 の展覧会を知る。初めて聞く人だったがなぜか気になった。数日前の散策で彼のアニメもやっていることがわかった。展覧会ではなく、映画を先に観ることにした。

 フレデリック・バックFrédéric Back, né le 8 avril 1924)

画家にしてアニメ作家、モントリオールの地下鉄の駅の壁画も描いているという。フランス出身だが、現在はモントリオール在住の87歳。映画は以下の短編4作品。

 「木を植えた男 L'Homme qui plantait des arbres」 (1987年)
 「大いなる河の流れ Le Fleuve aux grandes eaux」 (1993年)
 「クラック! Crac !」 (1981年)
 「トゥ・リアン Tout rien」 (1978年)

動物、植物、自然が人間に置き換わりそうな視点がある。自然と人間の間の境界が消え、すべてが溶け合うような映像になっている。手作り感が溢れている。「大いなる河の流れ」 ではカナダの歴史が描かれている。英国との戦い、人間の欲がセント・ローレンスなどの自然を蝕み、生命力を奪う。ルネサンスを訴えている。「クラック!」 の最後だっただろうか。展示されている抽象絵画が監視の目を潜って踊り狂うシーンがある。ソヴァージュなエネルギーに溢れる具象の世界を求めているのだろうか。

これらの背景には、筋金入りのエコロジストにして動物の権利を主張する菜食主義者の主張が表れていると想像される。彼はしばしばマルグリット・ユルスナール (Marguerite Yourcenar, 1903-1987) のこの言葉を引用するという。

 "Les animaux sont mes amis et je ne mange pas mes amis".
 「動物は私の友達だ。私は友達を食べはしない」


どんな人なのか、インタビューを見てみた。彼の考え方と人柄が伝わってくる。「クラック!」 の制作中に右目の視力を失ったようだ。










mardi 2 août 2011

映画 「蜂蜜」 で濃密な接触を味わう


今日も昨日から始めた本を読む。

昨夜、古い友人からお勧めの映画の連絡が入り、途中で 「蜂蜜」 というトルコ映画を観る。とにかく不思議な映画だった。映画が終わっても何を言いたいのか掴めないもどかしさが残る映画だった。

始まってまず気付いたのは、単にテンポが遅いだけではなく、刺激と反応の間が凍りついたように長いことである。われわれの生活で見られる条件反射のような会話ではなく、言葉が放たれた後にリフレクションの時間があるように感じられるのだ。音楽はない。自然の音だけである。森に住む鳥の羽音や鳴き声、山道や泥道を行く音、床の軋む音や家の中の日常の音、胃の中に入るまでが目に見えるような牛乳を飲み込む音など、われわれの記憶の中に残る生活の音だ。自然の真っ只中にある生活はすべてが削がれていて美しい。余分なものに溢れているわれわれの生活が作りものに見えてくる。昨日の映画がアーティファクト以外の何物でもなかったように感じられる。

そして、街を歩き始めてある考えが浮かぶ。この映画で描かれている世界は対象との間に入り込むものが何もない生の、絶対的とでも言うべき接触ではないのか。記号などの仲介するものがなくなり、物と物との直接の交わりだけで成り立っていた遺伝子だけが知っている世界ではないのか。大木の分かれた根の間に恰もその木の一部になったかのように身を横たえている主人公のユスフ。最後のこのシーンがそのことを象徴的に表現しているように見えた。


帰り道、後ろからこんな話し声が聞えた。
「わたし途中から退屈で退屈でしょうがなかったわ」





夜、この映画を勧めていただいた方と土用の丑の日を味わう。


lundi 1 août 2011

パリに向かう気分が少しだけ


 「光る波」 北村治禧 (1915 - 2001)


もう8月である。同時に、日本滞在も3週目、最後の週に入った。少しずつ日本との距離感が出てきて、仕事関係の本に向かうことに違和感がなくなっている。今日はその中の一つを読み始める。四半世紀前にその関係者が熱を以って始めたワークショップの記録になる。しかし、その熱は根拠の弱いものだったようで、それ以後、そのシリーズは計画されなかった。今回この本を手に取ったのは、その経過をこの目で見て、眠らせたままでよいのか、別の形で蘇らすことができないのかなど、自ら判断してみようと思ったからだ。


途中、ヨーロッパの景色を味わうため 「アンダルシア 女神の報復」 を観る。外国での日本人の芝居はぎこちなく見えるものだが、昔に比べると格段によくなっている。








dimanche 31 juillet 2011

映画 「かすかな光へ」、あるいは教育とは


北垣憲仁さん(都留文科大学准教授)と森康行監督


「93歳の教育研究者、大田堯の挑戦」 をテーマにしたドキュメンタリー映画、「かすかな光へ」 を観る。大田堯さんは東京大学で教育学を教えた後、都留文科大学の学長を務め、現在は講演や執筆、小さなグループでの対話などに精力的に取り組んでいる。この映画では、大きく言えば人を教育するとはどういうことなのか、その理解に大切になる基本的人権をどう捉えるべきなのか、などの問題についてわかりやすい言葉で語る大田さんの姿が紹介されている。

基本的人権を何ものにも先んじて生まれながらにして有する権利とするならば、その定義にある生命と密接に関連するものではないかと大田さんは考える。つまり、生命の特徴を考えることにより、人権の姿がより鮮明に表れてくるのではないかと考えを進める。そして、こう結論する。生命とは一つひとつが違うこと、自らが変わる能力を持っていること、そして他と関わることなくしてその維持が不可能であること。人権を尊重するとは、これらの事実を確認し、その背後にある過程をサポートしようとすることではないかと考える。

それから、言葉や記号を介する接触ではなく、物理的なものとの直接の接触が大切であるとの指摘もされていた。そこでは人間の感性がものを言う。その感性を磨くためにはそれぞれの専門を出て、生身の全人間に戻らなければならないだろう。言葉としては分かっているようにも思う。しかし、本当に理解するとは、自らが変わることでなければならないはずだ。大田さんは言う。大きなことをやろうとするのではなく、自分のできる身近なことから始めるしかない。

この映画に興味を持ったのは、大田さんの教育に対する姿勢とその活動にひとつの道を見たように感じたためではないだろうか。すべては教育に帰結すると考えるようになっている身にとっては、ごく自然な反応になる。人を作る、ある型に嵌めるという視点ではなく、人が自らを観察し、自らが変わるために必要になるものを探る営み。それはそれぞれの生命を十全に燃やすことに繋がるはずのものでもある。

映画終了後、監督の森康行さんと映画にも出ていた都留文科大学の北垣憲仁さんによるフィールドミュージアムについての対談があった。






夜、テレビをつけると放送大学に学ぶ学生さんが何人か出ていた。これまでに感じたことのないほど親近感を覚える。人間は学び続け、変わり続けなければならないのだろう。その生を全うするためには。

samedi 30 juillet 2011

辻邦生を読む



今回の日本滞在では辻邦生の文章に触れ、昔の印象と比べてみたいと思っていた。本棚を見ると 「西行花伝」 などの歴史物しかなかったので、現代を語っている作品を探すことにした。普通の本屋さんで辻の本を見つけるのは難しいことがわかる。仕方なく古本屋に向かう。そこでもなかなか見つからない。駄目かと思ったその時、小さな折りたたみ式の椅子が置かれているところがあり、それを避けてみると彼の作品群が現れた。その中から 「時の終わりへの旅」 を手に入れる。


昨日の朝は雨模様。近くのカフェまで出掛け、彼の日記を読み始める。お昼にいったん戻り、午後再び出る。久し振りにシガーをやりたくなり、適当な店を探すがなかなか見つからない。これも諦めかけたその時に、道に出た席のあるコーヒーショップが目に入る。それにしても、東京の街のこんなところでわざわざシガーをやろうなどというのは、別世界から来た人間だけだろう。異星人の気分でいた。2時間ほど、道行く車を眺めながら表題のエッセイを読み終える。道行く人も眺めたが、なぜか楽しそうには見えない。以前にも感じたことだが、まだ街を勝ち取っておらず、人間が街から疎外されているように見えるのだ。


ところで、以前に指摘された辻の文体との類似だが、自分ではなかなかわからない。ただ、記憶に残っている表現の回りくどさやそこからくる眠気を誘う退屈さは今回は感じなかった。それどころか、ものの感じ方や見方に通じるものがあるのではないかとさえ思えた。例えば、彼はこんなふうに詩が生れる人生をよきものと考えていることが見えてくる。

「もしよしあしを言う価値基準があると、それだけでこの絶対的な跪拝の原点をこわすことになり、<詩>は生れてこない。あらゆる人がそのままで<深い人生>を現わしているとする絶対肯定の、シェイクスピア的静けさ、générosité こそが、つきない<詩>をつくる。この自己放棄と評価的規準の放棄---絶対肯定・足もとへの感動的跪拝が<詩の源泉>となる。・・・

・・・<すべての人生の姿>を<よきこと>として---<乞食>や<浮浪者>や<ヒッピー>や<悪党>の深い礼賛者として---決して新聞的教育者的道徳教にしたがうのではなく、<すべてをよし>とする<無>となることによって---<この世>を両手で<なんていい奴なんだ、お前は>と叫びながら douceur を感じつつ抱きしめるのである。
 ぼくらを縛りつけ<詩>から遠ざけたのは、この評価的な対象化する態度でなかったろうか。すべてがよく、すべてが美しく重く面白いのだとする態度を、どこか放埓な無責任なものと考える考え方が、ぼくらから<詩>を奪っていたのではないだろうか。
 その理由はおそらく教育的な要素や立身出世型、追いつき追いこせ型の生き方・考え方が社会に充満し、ぼくらもそれに染まっていて、<遊び>を遠ざけていたことに関係があるであろう」

今が目的で常に完了し、完全なエネルゲイアと今は目的に至る過程であり、常に未完成なキーネーシスの対比を身に沁みて理解し、エネルゲイア的生を生きたいと昨年考えた。このエネルゲイア的生と<詩>が生れる生は地下で繋がっているのではないだろうか。

永遠を視野にエネルゲイアを取り戻す (II) (2010-01-02)






vendredi 29 juillet 2011

街に出て、大杉栄に出会う



今年の夏は去年より涼しいのがよい。
しかし、湿気は人間の集中力を削ぐ。
春の花粉症で3ヵ月、夏の湿気で2ヵ月、活動が著しく低下する。
日本にいた時の半分はお休みしていたことに気付く。

昨日はひと仕事が終わり、詩の世界に入りたい気分とともに街に出る。
本屋さんに入るも、手に入れたいと思うものが見つからず。
哲学のセクションに向かうが、こちらも同じだ。
結局、通りがかりに手に取った大杉栄1885-1923) の言葉が自然に入ってきた。
「僕は精神が好きだ。しかしその精神が理論化されると大がいは厭になる。・・・
僕が一番好きなのは、人間の盲目的行為だ。精神そのままの爆発だ。
思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そしてさらにまた動機にも自由あれ」
その横に 「日本脱出記」 なるものもあり、一緒に手に入れる。
大杉が仏文出身だとは知らなかった。
フランスでの観察がかなりの部分を占めている。
下戸だった大杉はフランスの牢獄で酒 (ワイン) を覚えたようだ。

サンジカリズム(労働組合主義)
ル・リベルテール(自由人)
カルト・ディダンティテ(身分証明書)
パスポオル(旅券)
セエサ(そうです)
スウヴニル(思い出)
トレ・コンフォルタブル(極上)
などの表記を見ると、なぜか懐かしい気分が押し寄せる。
当時の彼らの言葉や行為には、どこか物悲しくなるほどの熱が溢れている。



jeudi 28 juillet 2011

セミナーの後、日本が抱える問題の根を語る



昨日は東京医科歯科大学でセミナーがあった。最後の最後で話題のひとつをカットするなど、いつものように準備不足は否定し難い。始まる前、コンソーシウムの主催者である鍔田氏は、科学と哲学をテーマにするのは初めてなので参加者は少ないかもしれないと懸念されていたが、予想を超える参加があったようだ。お話によると、6割が学生さん、3割が教員で、残りは外からの方ではないかとのこと。全体の雰囲気は2月の関西に比べて静かな印象があった。終わった後、会場のセットアップをしていただいた若手研究者に印象を聞いてみたところ、研究生活に追われ研究を取り巻く問題にまで考えが及んでいないので話に付いて行くのが大変だったという。話の内容を基礎的、一般的なところに留めるようにしたつもりだが、内容をさらに噛み砕く必要があるのかもしれない。

会の後、鍔田氏と科学のあり方について幅広く語り合う。日本の科学に確実に欠けているのは、ここで何度も触れている科学を支えている背景や精神面の理解ではないか、という点では一致した。それは歴史であり、文学であり、哲学に因らなければならない領域で、突き詰めると内的瞑想生活を持っているかどうかの問題になる。話題にした科学を他の人間の営みに置き換えても日本の現状にそのまま当て嵌まるような気がしている。この状況を変えるためには、若い時からの (専門に入る前の) 教育に掛ってくることでも意見の一致をみた。まずそのことを理解する人が増え、その方向に舵を切る必要があるのだが、未だその気配は見られない。長い長い道のりが待っている。






lundi 25 juillet 2011

昔の研究仲間との語らい


本郷利憲、中田裕康、嶋津浩、岩崎辰夫、渡邊正孝の各先生


今夜はパリに向かう前に勤めていた研究所の皆さまとの会食があった。元所長、先輩、そして同期の方など、要するにお世話になりっぱなしだった方々との語らいになる。いつものように豊饒なる時間をたっぷりと味わい愉しむ。

今回は欧米と日本の科学や科学者のベースの違いなどが話題になった。わたしは意識的に西欧の立場を強調し、日本に欠けていると思われることをいくつか指摘した。大きなところでは、ここで何度か触れている科学精神や哲学的姿勢の乏しさを取り上げた。認識としては同意も得られたが、日本の状況を根本的に変えることに時間を要するとすれば、その是正のためには日本に合うようなやり方を工夫する必要があるのではないかとの声も聞こえた。

今やこの会は年に一度の恒例行事になった感がある。来年はどのようなことになっているのか予想もできないが、日本に帰る機会があればまたお会いして御意見を伺いたいものである。



vendredi 22 juillet 2011

講演会のお知らせ: 哲学から科学を考える



昨日、北海道大学でのセミナーを終えた。話している最中に改良の余地のあることがわかり、いつものように貴重な経験になった。聞いている方が無表情なのでどのようなことを感じながら聞いているのかなかなか判断できなかった。しかし、終わった後に呼び止められ、面白かったと話しかけてくれる人がいるとほっとする。詰まらなかったとわざわざ言ってくる人はいないだろうが、、、。

ところで、来週の27日(水)にも東京医科歯科大学でお話する予定であることについて先日触れた。その後、外から参加できるのかという問い合わせをいただき、哲学と科学について興味をお持ちの方がいることを知る。早速、主催者に確認したところ、以下の情報とともにどなたでも参加できるオープンな会であるとの返事をいただいた。興味ある皆様のご批判をいただければ幸いです。

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学際生命科学東京コンソーシアム大学院特別講義 (特別講演会)
タイトル: 科学哲学から生命科学を考える
日時: 2011年7月27日(水)17時から18時まで
会場: 東京医科歯科大学 M&D タワー21階 大学院講義室 I
本学はお茶の水駅前に所在します。一番背が高い建物が M&D タワーです。



mercredi 20 juillet 2011

真実に迫る意志と複眼



妙齢の美女か、魔法使いの老婆か。
一つの絵でも見方によって全く違う姿が顔を出す。
両方が見えることもあれば、一方しか見えないこともある。
人間の認識はこれほど危いものである。

情報 information の語源はラテン語の動詞 informare に由来する。
心に形を与える、教える、導く、という意味になる。
つまり、情報とはそもそもある意図を以って発せられるものであることがわかる。
情報操作とは、本来の意味から言えば redundant になることを前ブログで触れた。

「情報操作」 という言葉に込められた欺瞞 (2011-02-05)


ところで、フランスでは日本の政治状況を知るために、ネット (ニュース、個人ブログなど) に頼っている。拾い読みにしか過ぎないが、マスメディアの内容は大同小異。楽しく、平穏に暮らしましょうというスタンスのものが多く、根本的な批判は少ない。一見厳しい批判をしているように見える時は、みんなが同じようにやっている時だ。一方、個人ブログは、分析型のものから客観性を装っているが意図は明らかなもの、ぼやき、アジテーションまで多様である。個人のブログなので偏っているのは当たり前だろう。それだけに、振り返ってみると読みたいものを読んでいることが多い。聞きたくない意見には耳を貸さないようになる。判断の元になる情報を集めているつもりだが、実は相当偏っている可能性がある。

こんなことを考えたのは、24時間流れるテレビを見ながら、あることに気付いたからだ。それは、フランスで描いていたイメージがあっさりと掻き消されていることだった。日本では日常の景色が入ってくるので政治の世界が遠景に下がっていく。そんなに厳しく考えなくてもよいのでは、という気分にもなる。忙しく働いている人がテレビだけに頼っていると、流れに任せることになりかねない。断片しか伝えられないので、日常的にサブリミナル刺激を受けているようにも見える。断片をつなぎ合わせるだけの時間がないと、そのイメージだけで判断することになる。

状況はネットの世界も同様で、そこからまともな情報を得ていたかと問い返せば、上で触れたように答えは甚だあやしい。今の立場から見ると、それが偏っていなかったとは言えないのである。どちらがまともな姿を伝えているのかがわからなくなり、さらに真実などそもそも捉えられるのかという疑問にまで至るのだ。

それでは何を頼りにすればよいのだろうか。一つは真実に辿り着くのは不可能に近いことを理解すること、それを理解した上で真実に迫ろうとする意志を確認することではないだろうか。この確認は、事が起こると一色に染まり、熱狂する傾向の強い日本という空間では特に大切になるだろう。一つのものを異なる角度から眺め、いろいろな姿を探そうとする複眼が不可欠になるだろう。日本を外から見ている人たちの観察には参考になることが多い。外国語を学ばなければならない理由がここにもあるように見える。




時差ぼけの夜。
皆寝静まった中、静かにテレビを眺める。
そこにはヨーロッパの懐かしい景色が流れていた。
オックスフォード、アムステルダム、クラクフなど。
落ち着いた街並みや人々の暮らしを綺麗な映像とともに味わう。
この時間帯にテレビを見ると真実に迫ることができるかもしれない。



mardi 19 juillet 2011

バカンス初日は世界一、そして 「グラン・ブルー」 の世界を覗く



昨日からバカンスに入っている。
初日が海の日で、世界一のニュース。
いつもながらの風景が流れている。
日本男児よりも動きが俊敏で、疲れを知らず、決めるところを逃さない。
このような行事が行われていることは知らなかった。


昨夜は途中から 「グラン・ブルー」 の中に初めて入る。
現実世界を超えた何かに包まれるというその中に。
物ではなく感覚の世界、精神の世界に生きることができるということだろうか。
こういう物語だとは知らなかった。
途中日本人が出てくるが、団体で競技に参加し、訳のわからない人たちとして描かれている。
リュック・ベッソン監督の日本人観なのか、それとも西側から見た日本人像なのか。
数十年前に観たアメリカ映画に出てくる日本人と何ら変わっていないのに驚く。

Le Grand Blue (réalisé par Luc Besson)


今回の滞在では科学と哲学について医学・生命科学研究者に話すことになっている。

7月21日(木) 北海道大学医学部
7月27日(水) 東京医科歯科大学

現場の研究者がこのような話を聞く機会は、日本でも少ないと想像される。
ものの起源に帰り、少し広い枠組みで考えることの意味は大きいだろう。
このような接触はわたしにとっても得るところが大で、積極的に引き受けることにしている。
研究者にとっても思索の機会になることを願っている。