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jeudi 15 mars 2012

レンヌ美術館の古代の空気を吸う

古代エジプト第21王朝 (1069 BC-945 BC)


瞑想という無為の一日であった

バルコンではテントウ虫が現れる

のんびりと春の日を浴びているその姿をじっくり眺める


午後、レンヌ美術館で拾ってきた古代の顔を眺める

それだけで至福の時が流れる

永遠の時を味わう

こんなことができるようになるとは想像もできなかった

ヒトは常に変化している、そして人は変わり得るものなのだろう

かくして無為の日を繰り返すことになる




古代エジプト第18王朝 (c. 1550 BC-1292 BC)


ジェーラシチリア島、3世紀)


ターラント (イタリア・プッリャ州、4世紀)



ターラント (イタリア・プッリャ州、5世紀)




mardi 13 mars 2012

レンヌ最終日を味わい直す

Le Magicien (2005)
Jean-Michel Sanejouand (1934-)
Place de la gare, Rennes


昨夜、パリに戻ってきた

昨日は初めて気持ち良く晴れ上がってくれた

出発までレンヌの町を味わい直し、リブレリーとカフェで読みの時間を過ごす





町を横切る運河のようなヴィレーヌ川の景色がレンヌのひとつの象徴になるのだろうか

Quai Émile Zola を望むと、前日驚きを運んでくれたレンヌ美術館が見える

やはり、快晴の下の街並みは素晴らしい





市庁舎広場に行くと、前日掲げられていた日本の国旗が降ろされている

確かに一日経ったことがわかる

少し上ると Virgin Megastore が現れたので入ることにした

バンド・デシネのセクションに行くと、この本があった


Les derniers jours de Stefan Zweig (2012)
Guillaume Sorel (1966-)


この作品の原作になる同名の小説はその一部を読んだ記憶がある

そのためか、立ち読みを始めるとすぐにその中に入り、気がつくと読み終わっていた

シュテファン・ツヴァイクさん(1881-1942)の最後の半年については、こちらのサイト





立ったままでもよし、座ってもよしのこの営み、これからも時間つぶしとして使えそうである

帰りがけにこの本が目に入り、カフェで読むことにする




Il y a un an Hiroshima (2012)
Hisashi Tôhara


原題は「原子爆弾回顧」と漢字で書かれている

18歳で被爆した1年後の19歳の時、Tôhara Hisashi という方が書いた手記である

2010年の奥様のあとがきには、ご本人が亡くなられた3年後に遺品の中に見つけたものとある

それまで一言も語ることのなかったことを思うと、被爆体験の重さを改めて感じたという

同時に、その記録をこのような形で残していたことに本人の遺志を見て出版に至ったようだ

50ページ程度なので文字面はすぐに読み終えることができる

しかし、若き日の感受性溢れる文章の背後に目をやると、いろいろなことが頭に浮かんでくる時間となった





今回も思わぬものを齎してくれる発見に満ちた旅となった


lundi 12 mars 2012

レンヌ美術館で7年前の堀田善衛さんとラ・トゥールさんに繋がる


Le Nouveau-né
Georges De LA TOUR
(1593-1652)
Huile sur toile 76 x 91 cm
Saisie révolutionnaire, 1794
Musée des beaux-arts de Rennes



よもや、こんなことが起こるとは想像もしていなかった

しかも、調べてみると7年ほど前とぴったり繋がっているとは驚きである

昨日はシネ・カンファランスの後、ブログをアップしてから美術館に出掛けた

学生として、ゆっくり写真を撮りながら2時間ほど彫刻と絵画の世界に入る

そして、そろそろ閉館なので出ようとしたその時、最後の部屋でこの絵が現れてくれた





帰り道、そう言えば堀田善衛さん(1918-1998)がこの絵を見るためにどこかに旅行したと書いていたのでは、と思い出す

「美しきもの見し人は」という本の中で

この本を覚えていたのは、ヴァレリーさん(1871-1945)がヨーロッパに特徴的だとした科学精神について触れていたからだ

堀田さんはこんなことを語っていた

日本にはヴァレリーさんが言うところのヨーロッパの三大要素 「ギリシャ」、「キリスト教」、「科学精神」 がない

そのため、勉強しなければ彼らの美を味わうことができないのだ、と

このことはパリに戻ってから確かめることにして、ブラスリーに向かった




Tête de femme, à la coiffure d'époque claudienne


レンヌ最後の夜のブラスリー、サービスは今ひとつだったがウィフィはあった

試しに 「堀田善衛*ラ・トゥール* レンヌ」で検索してみた

驚いたことに、最初に出てきたのが冒頭と同じ絵が添えられたハンモックのこの記事であった

「美しきもの見し人は」  YOSHIE HOTTA - UN ECRIVAIN MEDITATIF (2005-8-30)


読んでみると、そこでレンヌのラ・トゥールについて触れているではないか

「この一枚の絵(新生児 Nouveau né)を見るためにパリから汽車に乗ってレンヌまで行き、さして大きくもない、タテ76センチにヨコ92センチのこの絵の前に立って、私はやはり来てよかったと思ったのであった。
  はじめにも言ったように、私は漠然とした関心をしかもっていなかったのであるけれども、現物の前に立って、やはり心を動かされた。キリストを心にもちながらも、新生児というものを医学的なまでにもレアルに描いているその嬰児像、目を伏せて見守る若い母親、それと右手をあげて蝋燭の光りをさえぎっている女との、この三つの存在をじっと見詰めていて私は、ああ人間が生まれるとはこういうことだったのか!とつくづくと思いあたったという思いにうたれた。」
堀田善衛 「美しきもの見し人は」(朝日選書、1995年)

本で読んだところまでは覚えていたが、ブログに書いているとは思ってもいなかった

ひょっとすると、ブログに書いたので記憶に残ったのかもしれない

こういう繋がりをこよなく愛する者だが、滅多にあることではない

疲れが吹き飛び、一気に気分が解放された



Messaline
Salon de 1884
Eugène Cyrille Brunet
(1828-1921)




Musée des beaux-arts de Rennes



dimanche 11 mars 2012

レンヌで 3・11 シネ・カンファランスへ



散策中にはポスターにも目を配るようにしている

昨日のこと、ここのウィンドーに貼られたポスターの中に、3.11 に関連した Ciné Conférence の案内を見つける


Japon, Sendai, Tsunami, ... un an après


今日の11時からとのことなので、覗いてみることにした

偶然に身を任せる者としては、自然の選択である

今日は会場の Cinéma Arvor までの道筋を調べてから出掛ける

新鮮な空気の中を歩いている時、ニューヨークの日曜の朝のニューヨークタイムズ片手の散策を思い出す







迷うことなく会場近くに着いたので、サンタンヌ広場(Place Sainte-Anne)に面したカフェに入る

そこでプティ・デジュネと思い、クロワッサンかパン・オ・ショコラはないかと聞いてみる

置いてないので、すぐ近くのブランジュリーで買ってきて食べてはどうですかと言う

何ともおおらかなご主人である

こちらの気分も急に大きくなる



Cinéma Arvor



会場は満員だった

オーガナイザーの挨拶の後、仙台市の広報ビデオが流れた

レンヌ市と仙台市は1967年から姉妹都市の関係にあるという

その後、仙台出身の日本語教師 Masami Sugawara さんの解説で震災と津波前後の写真が映された

それから1分間の黙祷

ブルターニュ・インターナショナルと日仏経営センターの代表でもある Vincent Chamaret さんがマイクを持つ

最近東京から帰ったばかりとのことで、日本の雰囲気を的確に伝えていた

今回は、地震、津波、原発の三つが重なり、今は経済がそれに加わっている

経済とは観光で、3・11以降外国人の客が激減している

ブルトン人として、またフランス人としてできることは、訪問すること

それにより、日本への支援の意志を表すことをお願いしていた

仙台の広報ビデオでも外国の若者を出して、安全であることを強調していた

それから奥様が日本人という創価大学の Philippe Debroux さんが内から見た現地の感触を伝えていた

会場には日本の若者やこちらの方と結婚されている女性が多く見られた

質疑応答では福島の様子が紹介されなかったのはなぜかというのが出ていた

この会は仙台とレンヌとの関係から生れ、仙台から福島の情報が届かなかっただけ、との答え

会は二時間余りで終わった




気分が落ち着いたところで街をゆっくり縦断する

市庁舎には日本の国旗も掲げてあるとのお話だったので、そこを目指す

昨日の賑わいが嘘のように広々とした空間が広がっていた





そして左手の市庁舎に国旗を確かめることができた

ホテルに向かう途中、いくつかの繋がりが現れてくれた









夜、テレビをつけると福島の1年間のドキュメントが流れていた

全体の空気が日本のものと微妙に違う

人間性がより表に出ているように見える

外国のメディアに対しているためか、日本人もリラックスしているのだろうか

日本では流れないような原発反対を唱える人たちの活動もそのまま伝え、その人間の日頃の考えも語らせている

彼らをレジスタンスと呼び、シンパシーさえ感じているように見える

カメラワークも日本のものより自由で、これまで日本製の番組で見ていた人をより近くに感じる

大袈裟でない、同じ平面からの視線を感じる人間的なまとめになっていた

3.11の一日を締めくくるに相応しい番組であった




samedi 10 mars 2012

レンヌ散策


レンヌ駅前


今朝は少々体が重い

実は、レンヌに着いてから予約サイトにあった地図を頼りにホテルを探したが、見つからなかったからだ

24時間受付だと思っていたが、案内を読み直してみるとチェックインは23時までとなっている

いつもの調子である

気持は焦れども致し方ない、暫く歩き回ることにした

最後に辿り着いてみると、駅からすぐで最初に通り過ぎていたところだった

決めつけて「こと」に当たると、正しいことが見えなくなるのがよくわかる

何のことはない、地図にある矢印が間違っていたのだ

よもや、そんなことがあろうとは想像もしていなかった

この世界、何でもありである

ホテルの入り口は閉まっていたが、待っていた受付の方が開けてくれた





今日はゆっくりと午後から散策へ

念のためにホテルで地図をもらってから

新しい町に入る時はいつも気分が高ぶる

ただ、フランスの空気に馴染んできたのか、これまでのようなことはない

今回も確認したのは、方向感覚がないということ

何度同じところに戻ってきたことか

地図をもらったのは正解であった





途中、Harmonia Mundi が見えたので入る

パリでもオペラ近くに行った時には中に入り、その独特の空間に遊ぶことがある

奥の方に小さな空間があり絵画などの展示をやっているが、ここも同じであった

しばらくすると、流れている音楽がこれまでに聴いた枠には入らないものであることに気付く

ご主人に聞くと、Amira というボスニアの歌手だというので納得

流れていた彼女の最新版 Amulette を手に入れることにした

ダウンロードの方がお安いのだろうが、その時の気分にぴったりだったのだろう

将来、今回の訪問を思い出させる材料になると考えたのかもしれない











市庁舎広場で展示をやっているのが目に入る

「4人に1人は精神を病んでいます」

とあり、精神衛生に関する広報活動のようだ







中に、わたしにぴったりのものも見つかる

どこで線を引くのか、難しい問題である





広場に面してレンヌ・オペラがあった

そして、今回も素敵なリブレリーと出会うことができた

Librairie Le Failler

店員さんの対応も小気味よく、ここでなければ、という絶妙のタイミングで数冊が現れてくれた

来週火曜には、最近取り上げたばかりのオルセナさんが来店するようだ

エリック・オルセナという作家、あるいは何という繋がり (2011-3-1)



気分よく店を出て散策を続けると、こんなのが現れた





最初に地図を見た時に、フランス人でもこんな間違いをするのかと思っていた

しかし、その場に立つと違和感なくそういう名前なのだと思うことができる

Le Liberté という催し物のコンプレックスであった







レンヌ到着



深夜、パリ・モンパルナス駅からブルターニュのレンヌに到着した

観光というわけではなく、周りの景色を変えてみたい気分になったからだ

古代ギリシャ人に肖れば「劇場」、すなわち、ひたすら観るためにそこに移動する

あるいは、モンテーニュさんに倣えば、フロンティアを超え、遠くに旅立ち、他の場所で考えるためとも言える


考え直すと、わたしにとっての散策は広い意味での観光のようなものかもしれない

そうだとすれば、日々観察の旅の空である






モンパルナスのキオスクでは日本特集が目に付く

これまで目にすることのなかったやや大型の Books を手に入れ、2時間余りの旅の友とする

日本で発表されたものの仏語訳が多い

例えば、

新潮に出た古井由吉さん(1937-)と平野啓一郎さん(1975-)の対談

読書人に出たという中沢新一さん(1950-)のインタビュー

池澤夏樹さん(1945-)が3・11以降に書いた文章を集めたものからの抜粋

本のタイトルは、L'archipel des séismes : Ecrits du Japon après le 11 mars 2011

記事のタイトルは、Il faut corriger l'équation japonaise

「日本的方程式を正さなければならない」


今回の発見は古井由吉さんだろうか

これまで視界に入っていなかった方になる

静かに観察し、ものごとを根源にまで遡って考えようとするところがある点で哲学的である

何かのためではなく、そのように問題を考えること自体に意味を見出している様子が伝わってくる

次回の日本ではその作品を手にしてみたいものである