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jeudi 4 avril 2013

刺激ある新鮮なパリ、そして蘇るロシア語


曇り、時々雨のパリ

肌寒い

届いたばかりの本を手に久しぶりの街を歩く

今すぐ必要ではないので カフェでイントロだけ読み、全体の雰囲気を掴んでおく

スタンドで雑誌を2冊手に入れ、2軒目のカフェで目を通す

必ず刺激される記事があるが、今日もその例に洩れず

新鮮なパリが嬉しい


ところで、日本最後の夜、学生時代の友人と会食

科学から社会に及ぶ幅広い話題について、非常に濃いお話ができた

また、学生時代の思い出話も出ていた

いつも驚くが、自ら描いている像からは程遠い印象を残していたことがわかる

第三外国語としてロシア語を取ったところ、教室にわたしがいたので驚いたとの話も聞こえた

ロシアの小説の話題が続き、遠い過去からロシア語がすぐ横に浮かび上がってきた

いずれやり直してみたい、そんな願望も


そう言えば、ウィーンからのエアー・ベルリン便

モスクワからの便が遅れているとのことで、少々待たされた

乗り込んできた人たちの口から久しぶりの音を聞いた




mercredi 3 avril 2013

何かが起こるこの経路


今朝、嵐のため成田で待機

どうなるかと思ったが、1時間ほどの足止めで済んだ

ウィーンでの乗り継ぎが30分の猶予だけになったが、係の人は大丈夫だという

待ってくれるということだと思い、全速力で只管歩く

しかし、カウンターに着くと行先はフランクフルトになっている

すでに飛び立った後だった

結局、エアー・ベルリンという初めての航空会社の1時間後の便に乗ることになった

そのカウンターまでがまた長く、運動不足を解消

終わってみると、初めの1時間遅れのままパリに着いたことになる
 
それにしてもこの経路、いろいろな経験をさせてくれる


久しぶりのパリは夜が明るくなっている

今の関心事は、道中も悩まされた花粉症がいつ抜けてくれるかだろうか



mardi 2 avril 2013

日常から非日常への移行を感じる、そして映画 『約束』 を観る


昨日は万愚節

川面には花筏が一枚、二枚

ディネをともにした俳句がご趣味の友人から教わった


明日パリに向かうことになる

朝目覚めると、日常が後景に退き、思索生活に移行しつつあるのが分かる

次第に平凡に感じるようになっているパリという空間の持つ意味が立ち上がってくるようだ

今回も多くの方との接触があり、予想を超えるものを齎してくれた

今の距離感とそこから生まれるある種の緊張感がわたしの受容体の感度を高めているように見える

 今夜、学生時代の友人と会食をして今回の予定のすべてを終える


パリに戻ると仕事のようなものが待っている

 今回の日本で、そのヒントになる糸口のようなものが見えてきた

と言いたいところだが、これまでに何度同じようなことを経験してきただろうか

今回のそれが本物なのかどうか

それは 「こと」 に当たっていく過程で明らかになるだろう


夜までの空き時間、映画 『約束』 を観る

仲代達也(1932-)主演

名張毒ぶどう酒事件を生の映像も交えて描いている

サブタイトルには 「死刑囚の生涯」 とある

そこには、科学的に迫ろうとする熱き弁護人や支援するたちの姿が重なっている

と同時に、最高裁を頂点とする日本の裁判制度も垣間見ることができる

科学的に真実を探ろうとするよりは、誤りを如何に認めないかに全精力を注いでいるかに見える裁判所

エリートの思考様式にありがちな、ストーリーが最初にあり、それに合わせて証拠を集めるというやり方

科学的ではない

近年明らかになりつつある日本の諸システムの綻びの一つに数えられるのだろうか

そして、親子の間にある目には見えないが深く強い繋がりにも感じるところがあった




lundi 1 avril 2013

その場から離れること、それは哲学への最初の一歩

Chiaroscuro, 1979 
多田美波(1924-)


科学から哲学に移って感じたことの一つに、このことがある

それは、科学の現場から離れたにもかかわらず、それまで以上に科学を近くに感じるようになったことである

マスターの頃はそのことに驚き、この場や学会のニューズレターに書いたりもした

先週のサイファイ・カフェSHEで、参加者のコメントから図らずもそのことを思い出した


なぜこのような逆説的なことが起こるのか

週末の大阪との往復の中でこんな考えが浮かんできた

それは、現場を離れることにより、科学の具体的な営みが視野から消える

しかし、そのことにより、逆に科学の全体が見えるようになったのではないか

 その時、それまでとは違う角度から科学を眺め、考えることができるようになったのではないか

この視点からの思考は、取りも直さず全体への希求を内在している哲学の目指すところと重なる

それこそ、わたしが科学者になる以前から求めていたものの見方とも重なるようにも見える

それがこの存在そのものに触れる深い悦びに繋がっているのではないか

そして、科学の成果の記載に留まるのではなく、このような思考も含めた広い世界を新しい科学としたい

それがわたしの中で固まりつつある21世紀の科学像でもある 


ところで、上記の逆説的な感覚はマスターの時には強烈であったが、今はかなり薄れている

それが自分の中では当たり前になってしまったからだろう

同じようなことを先週の対談でも経験した

一つの衝撃が自分の中に溶け込んでしまったため、一つひとつの要素を取り出すことができなくなるのだ

それは、それぞれの要素を意識しなくとも、日々の営みの中に生かされるようになっているためだ

このように見てくると、この5年余りの年月がわたしの中のいろいろなところに変容を迫っていることが想像される

今回の日本滞在では、そのことに気付かされる切っ掛けを与えられたことになる




dimanche 31 mars 2013

西田幾多郎著 『日本文化の問題』、そして法善寺横丁でインプロヴィゼーション



この週末、関西へ

先日仙台で手に入れた西田幾多郎著 『日本文化の問題』 とともに

昭和15年に初めて出て、上のものは昭和16年の第4刷

五十錢とある

そのお店では千円也

ページを捲っていると、バラバラになりそうな危うさがある

そこが愛おしい

佐藤という方が昭和17年に手に入れたもののようだ


往復で読み切れるのではないかと思っていた

しかし、花粉症は未だ去らずそこにある

全く集中できず、30ページくらいで諦める

ただ、文章を読みながら気付いたことがある

同じ言葉が何度も使われている

ひとつは確信の表れなのか 「・・・なければならない」

30ページの中に106回を数える

現代人にとっては、少々押しつけがましく響く

それから、「何處までも」 は50回

この言葉にはどこか突き抜けるものがあり、嫌いではない

典型的なパターンは、「何處までも・・・でなければならない」

そして、おそらくキーワードになるのであろう 「(絶對)矛盾的自己同一」 が目に付く

この言葉の意味するところも手が届きそうな感触を得る

これまでのところで生命や生物に対する見方を垣間見ることができる

 そこに、どこか通じるものがありそうな印象がある

体調が戻ってから、読み続けてみたい



夜は昨年4月以来の法善寺横丁へ

今回は、パリ時代の元気な友人と旧交を温めるためだ

パリ生活が長かった方なのか、わたしの日本語が通じにくいことがあった

ひょっとすると、問題は idiosyncratique なわたしの語彙の方にあったのかもしれない

これからの益々の活躍を期待したい






vendredi 29 mars 2013

「目撃せよ。体感せよ。記憶せよ。」 フランシス・ベーコン展にて


先日の東京駅

挑発するようなこの言葉が電光掲示板に出て、一瞬で消えた

すぐに控えておいた

「目撃せよ。体感せよ。記憶せよ。」


 フランシス・ベーコン(Francis Bacon, 1909-1992)

実はこの言葉、わたしの中にすでにある

最初のブログのモットーは、J'observe donc je suis であった

「われ観察す、ゆえにわれあり」


ものを注意深く観ることは、古代ギリシャ人がやったこと

theôrein とは、日常を脱して劇場 théâtre に行くために移動し、只管観察し、省察することを意味した

そして、理論 théorie が生まれることにも繋がった

このモチーフ、留学に絡めて昨日話したことと完全に重なるのだ

不思議である

 
本日のお昼、会場となっている国立近代美術館に向かった

混み合ってはいないが、それなりの人がゆっくり作品を味わっている

落ち着いたお客さんが多い印象である

1時間もしないうちに観終わっていた

画集ではすでに観ているが、まだよくわからない

今回は取り入れたものをそのままの状態で置いておきたい

いずれどこかで何かと繋がってくるはずである


ブティックでは、「ジョン・バージャー」 の名前が目に入る

以前に文芸誌 Lire で出会っていることがすぐにわかった

(2009-01-23)

 もう4年も前のことだったのだ

見るということ」 を手に入れる

他に、仙台で発見した松本竣介(1912-1948)の紹介本とメルロ・ポンティ( 1908-1961)ものが目に留まる

文庫本が1,500円もするようになったのは、一体いつからなのか

翻訳ものも高いのでパリに戻ってから手に入れることにした





jeudi 28 mars 2013

「"教養"としての留学」 について対談する


昨日、サイファイ・カフェSHEを無事に終え、少しだけほっとする

今夜は東京駅近くに出かけた

雑誌 「医学のあゆみ」 の対談企画 「"教養"としての留学」 にお誘いを受けたからだ

ホストは三重大学の島岡要教授

随分と薹が立った学生を選んだものである

ほぼ3時間の対談となった


何を話したのか、その詳細は覚えていない

研究上のお話とは違い、仕事を超えて自らの人生を語らなければならなかったことだけは確かだ

 一番最後に教養をどう捉えているのかについての問いが出た

深く考えたこともなかったが、人類の遺産をもとに領域を超えて考えることができる素養と答えていた

3時間余りの流れの中から一体どのような姿が浮び上がってくるのだろうか

こんなことしか話していなかったのか、ということになりそうな予感がする

今は編集の妙に期待するしかなさそうである


帰り道、東京駅の上に真ん円の月が見えた 

美しかった




mercredi 27 mars 2013

第5回 Sci-Phi Cafe <サイファイ・カフェ> SHE 二日目も無事終わる


 本日もサイファイ・カフェSHEを開いた

始まる前に写真を撮るべく準備をしていたにも関わらず、いざ始まると完全に失念していた

飛び入りで参加された方もおられ、会場には熱気が溢れていた

懇親会には4名の方が参加されていないので、会場が溢れるような感じであった

その熱気に酔ったと言いたいところだが、すでにその兆しがある単なる物忘れだったのかもしれない

ということで、今日は懇親会の様子が冒頭に来てしまった


会の方は昨日も感じたが、質疑応答の質がかなり上がり、密度の濃いやり取りになっていた

何度か参加された方が増えていることも関係するだろう

その他、これまでのテーマとの絡み合いが出てきたことも奥行きを増す要因になっているようだ

このような展開は予想していなかった

何事もやって見なければわからないものである


年度末のお忙しい時期に参加していただいた皆様に感謝いたします

今後ともこの試みの趣旨をご理解いただき、ご参加いただければ幸いです

よろしくお願いいたします








mardi 26 mars 2013

第5回 Sci-Phi Cafe <サイファイ・カフェ> SHE の初日終わる


今日は第5回になるサイファイ・カフェ SHE の初日であった

テーマは 「生気論を考え直す」

現役時代のわたしの辞書にはなかった 「生気論」 という言葉に反応する人がいるのか心配していた

しかし、定員に達する方々にお集まりいただき、主宰者が驚いた

中には、仕事関係のお相手からこの言葉が出て、ネット検索の結果この試みに辿り着いたという方もおられた 

どこでどう繋がるのかわからないのがネットの世界だ

しかし、この世界が不思議な繋がりからできていることを思えば、驚くには当たらないのかもしれない


やや纏まりのないプレゼンテーションの後、ゆっくりとだが実のあるディスカッションが進行していた

その続きはいつものように懇親会で継続された

これまでに比べて話に落ち着きと深みが出てきたように感じたのは、この場に慣れた方が増えてきたからなのだろうか

 今後が楽しみな流れであった



年度末のお忙しい時期に参加していただいた皆様に感謝いたします

今後ともこの試みの趣旨をご理解いただき、再訪していただければ幸いです

よろしくお願いいたします




 




dimanche 24 mars 2013

宮城県美術館でインプロヴィゼーション、そして東京でも不思議な再会


帰国してすぐのEテレ日曜美術館

フランスに向かう前には必ず観ていた番組だが、今回は実に新鮮だった

31歳で戦死した石巻の海を彫った彫刻家高橋英吉(1911-1942) が取り上げられていた

仙台に寄った機会にその展覧会を観ることにして、宮城県美術館に向かった

まず外の景色を眺めてから中に入り、いつものように学割のお世話になる

展示されている英吉の作品は少ない

作品が散逸していることもあるのだろうが、やはり31歳での夭折が大きいのだろう

すでに仏を彫るだけの精神性が備わっており、素人目には一つの完成があるようにも見える

 静かな週末、じっくりと味わわせていただいた


別の会場では松本竣介(1912-1948)を発見

「郊外」と「画家の像」から滲み出ている何かに反応した

その何かは、どこか決然とした姿勢、さらに言えば反骨の精神とでも言えるものだったかもしれない

ウィキによれば、旧制中学に入る時に聴力を失い、それから絵に打ち込むことになった

そして、先の大戦開始の年には軍部の干渉に対する抗議をしている

その存在全体が絵に表れていたのだ

こちらも36歳という若さで亡くなっている

昨年夏、同じ会場で生誕100年の展覧会が開かれていた



会場を出て館内を歩いていると、遠くからクラシック音楽が聞こえてくる

その方向に向かうと、以前には気付かなかったカフェ・モーツァルト・パパゲーノというお店があった

そこで暫しの時間を使うことにした


カフェ・モーツアルトのオーナー、善積建郎氏


静かにしていようと思ったが、流れる音楽が10秒ほどで入れ替わることに気付き、ご主人に訊いてみた

そのCDは、雑誌「レコード芸術」の付録だという

差し出された懐かしい雑誌を学生時代以来手にする

そこから長いが気持ちの良い会話が始まり、人間の奥に蓄積されている記憶の一端に触れることになった

表面からは想像もできないものが詰まっているのが人間である

そこに至る入口は、やはり言葉を交わすことなのだろう

会話を振り返ってみるとこう表現できるだろうか

一人が話すと、その内容を受けてもう一方が繋がってはいるが別の次元に話をもっていく

大げさに言えば、ヤスパースの「真理は二人から始まる」 という言葉を思い出させるものであった

お話を伺いながら、それが可能になった訳が分かるようであった


善積氏はお若い時、ヨーロッパで時を過ごされている

 最初はウィーンに8か月滞在

その時は、カフェなどを回って新聞を売る仕事をされていたという

トルコやアラブ系の人たちと一緒に

貧しいけれども人生最良の時だったとのこと

それからドイツ語圏のスイスに移り、山を歩く生活を4年ほど続けられた

そして、日本に帰国されてから37年、一貫して今のお仕事をされている

美術館内にあるレストラン・フィガロの他、仙台市内にカフェ・モーツアルトアトリエの計4軒を経営中

海外に出ると、いろいろな国のカフェに触発されているようだ

最後まで学び続けることが大切という考えの持ち主とお見受けした


お店の名前の由来を訊いてみた

すると、ウィーンにあるシュテファン大聖堂に因んだとの答えが返ってきた

そこでモーツアルトの結婚式と葬式が執り行われたからだろう

若き日に刻まれた記憶がその後の仕事まで決めていたようだ


尽きることのない会話の最後に、モロッコ旅行を勧められた

モロッコには以前から興味を持っていたが、道路事情もよくなり、比較的安全でもあるという

いつになるのかわからないひと段落がついたところで考えてみるのも悪くないだろう



その夜も不思議な出会いが待っていた

もう7年前になる

夕食の席に隣り合わせた方からこう問い掛けられた

「タンパク質に精神があると思いますか?」

 科学に打ち込んではいたが、哲学への興味が増していた時期

 それ以前であればすぐに無視しただろうその問いが、実に面白い問として迫ってきたのだ

その問いにより、科学での時間が長くなる中で人間が問い得る問いが抑制されていたことに気付いたのである

深く考えることなく反射的に捨象された問いの中に、科学では処理しきれないものが眠っているのではないか

そんな期待感溢れる帰り道となったことを鮮明に思い出す


そして、昨夜

その方がお仲間と一緒に同じ店に顔を出されたのだ

不思議である

その夜、昨年の日本神経心理学会で話した内容の論文を持って出かけたのである

その中で7年前のエピソードに触れているので、再訪された折にお店の方に手渡してほしいと思ったからである

よもや、直接手渡しできるとは思ってもいなかった

少しだけお話を伺ったところ、生きているものすべてに魂・精神があるという考えをお持ちであった

いずれ、論文についての感想が届くことを願っている 



長い一日を振り返り、満開の桜と道に溢れる人の波を見ながら帰途に就く

一夜明けると、それまでの鼻閉、鼻水、くしゃみが悪化

そして、しょぼしょぼの兎の眼を久しぶりに見ることになった

ついに、こちらも全開状態だ

丁度、日本を出る前の状態に戻ったことになる

第5回のサイファイ・カフェSHEを前に、いやはや、といったところだ




vendredi 22 mars 2013

仙台の夜に一つの終わりと新らたな出発を祝う

田村眞理先生ご夫妻 (東北大学)


今日は仙台まで足を伸ばした

この3月で大学を退職になる田村先生の祝賀会に参加するためである

同じ研究領域だったので感慨深いものがある

それは時の流れの速さと密接に繋がっている

この人生が実に短いものであること

そして、その生の中で何をするのかという大問題にも繋がる



それとは別に、多くの研究仲間と顔を合わせる幸運に恵まれた

緒方正人(三重大学)、 野田昌晴(基礎生物学研究所)、的崎尚(神戸大学)、渡邊利雄(奈良女子大学)の各先生


冒頭、会の趣旨を説明される小林孝安先生(東北大学)


 田村先生の業績とお人柄を紹介される宮本英七先生(熊本大学名誉教授)


 兄弟子として研究生活の思い出を語られる菊池九二三先生(北海道大学名誉教授)


諸先輩に混じり、わたしも一言お祝いの挨拶をさせていただいた

そこで触れたことは、このブログでも何度か取り上げた生きるということについてである

「生きるということ、それは詩的に生きること」

「人生を詩的にすること」

そして、「この生の一瞬一瞬をインプロヴァイズすること」 がそのエッセンス

それが可能になるのは、残念ながら仕事から離れた時である

 これからの豊かな時間を願いながら、ほんの少しだけの先輩として話をさせていただいた



わたしのテーブルの周りの景色はこんな具合であった

 野田先生、畠山昌則先生(東京大学)、的崎先生、緒方先生


前濱朝彦(国立感染病研究所)、前田達哉(東京大学)、乾誠治(熊本大学)、鈴木聡(九州大学)、中釜斉(国立がん研究センター)の各先生


わたしは二次会までお付き合いさせていただいた

前列: 島礼先生(宮城県立がんセンター研究所)、野田先生
後列: 的崎先生、前田先生


 これだけの先生からざっくばらんな人物評をいただくと、自らの姿が立体的に浮かび上がってくる

それが自ら描いていた像と如何に乖離しているのかには驚かずにいられない


若者の中には閉塞感が充満しているという話も出ていた

 おそらく、真理は多数決からは生まれないはずである

多数に倚りかかることで人間は容易に考えなくなる

その状態に慣れると、居心地がよいらしい

しかし、そこからは何も生まれてこないだろう

一人一人の生命の迸りがないところに創造はないだろう

そうなるためには、生命の迸りが抑制されない環境を作る必要がある

しかし、そのことについて語ろうとする大人を見かけない

結局のところ、大人がその居心地の良さに安住しているのかもしれない


二次会ではわたしの盲点を突くようなサジェスチョンをいただいた

わたしの生理に反することなので、これまでは視野に入らなかったことである

どのようなことになるのかわからないが、一つのオプションに入れておいても面白いかもしれない




jeudi 21 mars 2013

わが分身の仕業か

Laure Albin Guillot (1879–1962)


昨日のこと

日本に落ち着いているような気分になる

学生生活が終盤に差し掛かっているからだろうか

その視点から随分と遠くに感じられるパリの日常を眺めてみた

学生としてのパリ生活が信じられないような内容であることに改めて驚く

ただ単にパリに滞在して自分の時間を使っているだけでは訪れない驚きだろう

それをこの自分がやっていることに感嘆するのである

この身ではなく、どこかにあるわが分身がパリで動いていたのではないか

そんな気分がそこにはあるのだ

 それが信じられないということの中身ではなかったのか

空間と時間に纏わるこの感覚

興味が尽きない





mardi 19 mars 2013

日本語を読む愉しみ


日本に帰ってきての愉しみが日本語の本を読むことになってから久しい

普段外国の文化の中にいるご利益なのだろう

日本語が新鮮で、何か新しいものでも発見できそうな気分にさせられるのだ

どこか全体を俯瞰するような視点で読んでいるところがある

ただ、愉しみを感じる期間は次第に短くなっている

今回もその感覚が消えないうちに、注文しておいたいくつかに目を通す

以前に感じた感激は薄れているが、古いものには相変わらず不思議な魅力がある

それがなぜなのか、未だ謎である




dimanche 17 mars 2013

ネットからマスメディア世界へ


パリではネットの世界で暮らしている

日本に帰るとマスメディアが自ずと目に入ってくる

そして、具体的な生活が入ってくる

そうするとネットの世界が遠ざかり、恰も存在しないような感覚に陥る

 ネットで盛り上がっている人たちがいることさえ見えなくなる

 そもそも、ネットの世界はマスメディアに抗するものとして存在しているようにも見える

 マスメディアの中での批判の力は非常に弱い

あるいは、成立しなくなっているのかもしれない

その意味では、批判に溢れたネット世界は不可欠だろう

日本での時間は、この両極のバランスを取り直す機会になっているようだ

そして、頭の中が平凡になるのである




jeudi 14 mars 2013

シャルル・ド・ゴールは雪の中


春はすぐそこだと思っていた

ところが、よりによってその日、シャルル・ド・ゴールは雪の中

予定の飛行機はキャンセル

新たに乗り込んだ便も雪のため5時間ほど足止め

それだけでは終わらなかった

成田に近づくと空港周辺が茶色の砂塵?で覆われ、視界不良

 着陸を試みるも強風にあおられ途中断念

どうなるかと思っていたら、名古屋に連れて行かれた

前回は濃霧のために同じような状況に陥った

ただ、前回同様、心は凪であった