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dimanche 2 juin 2013

何もなかった?ペリグー訪問


今朝はこちらに来て初めての快晴

旅心が刺激され、先日話に出ていたペリグーPérigueux)に向かうことにする

午前中、カフェで読み、駅に向かう

今日は出発1分前の乗車になった

道中、お隣になった年配のご婦人から時間を訊かれる

いつもの上着のポケットの中を探すが、出てこない

そこにあるのに目に入らないという最近の典型的な症状で、カフェに忘れてきたと確信する

 向こうに着いてから電話でもすればよいと考え、全く動揺なし

降車のため、ご婦人が立った席に木の葉が見えたので確認すると、よろしいですとのことでいただいた

今日の写真である



1時間半ほどで目的地に着いた

先日のドライバーの話では、日曜でも大丈夫ですよ、とのことだったが、やはりフランスの日曜日であった

ゴースト・タウンのような街を歩き、丁度開いていたアラブのサンドイッチ屋さんでお茶を飲みながら読む






今日は望みがないと思い、早めに帰ることにして駅を目指す

相当歩かなければ、と思っていると、すぐに顔を出してホッとする

 どんな経路で歩いていたのだろうか

駅では朝のカフェに電話をするため、ウィフィのあるカフェで番号を調べる

そして、電話をしようとして立ち上がり、ズボンのポケットに手を入れて驚いた

何と、そこに時計があるではないか

相当に症状が悪化しているようである


ところで、何もなかったような今日のペリグー訪問

そこから何かが顔を出す日は来るのだろうか

注意深く観察を続けたい



夜、テレビをつけると読書番組をやっている

エリック・エマニュエル・シュミット(Éric-Emmanuel Schmitt, 1960-)さんが興味を惹く言葉を並べている

錬金術師、医者、哲学者、異端審問、ペスト、、、

5-6?人がお勧めの本を紹介するコーナーであった

その本は、マルグリット・ユルスナール(Marguerite Yourcenar, 1903-1987)さんの『黒の過程』(L'Œuvre au noir)

1968年のフェミナ賞受賞作である

その番組は France 5 の La Grande Librairie であることがわかった

偶にこういう番組を観ると刺激される

日本にいる時に、BSで 「週刊ブックレビュー」 を観たことがあるが、同様のものは今あるのだろうか




samedi 1 juin 2013

モンテーニュさんをこれまでになく近くに感じる


昨日の旅を反芻しながら、朝のカフェを味わう

モンテーニュさんのお城のサイトは、出る前に一二度見た程度でぼんやりしたイメージしかなかった

それは、どこか遠くにあるよそよそしさを感じる場所にしか過ぎなかった

しかし、実際にその場に立ってみると、全く印象が変わっていた

ブドウ畑が広がる敷地の中にいるだけで気分が晴れてくる

どこを切り取っても絵になる景色が溢れている



塔の一階はサン・ミシェルに捧げられたチャペルで、天井はプラネタリウムのように大きな星が描かれていた

二階は寝室で、息を引き取った場所だという

そして、最上階の書斎の天井の梁にはギリシャ語とラテン語の引用が刻まれている

それを歩きながら見ては思索に耽っていたのだろうか

カンコンス広場でその姿を見た時にはまだ遠い存在に感じた

しかし、昨日の旅の後、モンテーニュさんがこれまでにも増して近い存在に変わっていた



この塔に38歳で退き、亡くなるまでの20年あまりを思索と執筆に当てたモンテーニュさん

ただ、その間もここに閉じ籠ったままでいたのではないことは6年前に知った

その後、ボルドー市長を終えてからここに籠もったとぼんやり思うようになっていた

今回、年表を読み直し、それは作られた記憶であることがわかる

精神的には隠遁の思索生活を送っていたが、その間ヨーロッパを旅し、市長にも推されることになった

カトリックとプロテスタントの争いで国が分裂することを危惧して引き受けたと考えられている

彼が身に付けていた白い首巻?はカトリック、黒いローブ?はプロテスタントを意味していた

身を以って寛容の精神を訴えていたのである





vendredi 31 mai 2013

モンテーニュさんの終の棲家へ



午前中、近くのカフェで書いた後、午後からこの塔を目指した

ミシェル・エケム・ド・モンテーニュ(Michel Eyquem de Montaigne, 1533-1592)の塔である

写真があるということはそこに辿り着くことはできたわけだが、小さなドラマがあった



 まず、ボルドーのサン・ジャン駅で

出発5分前になっても案内をしていただく方を見つけることができず

緊急の用事でもできて来られなくなったけれど連絡の方法がないということではないかと思い、一人で乗り込む

しかし、何か方法がないかと思案している時、普段は使わない携帯を持ってきていたことに気付く

連絡すると、駅の入り口にいるとのことで、急いでホームに来るようにお願いする

出発3分前

ホームに出て駅員に少し待ってくれるようにお願いするも、肩を挙げ、両手を広げるだけ

何度頼んでも、同じ動作を繰り返す

その時、全速力で走ってくる姿を確認

乗り込むと同時に発車した

もし携帯のことを思い出さなかったとしたら、と考えると冷や汗が出る

それにしても申し訳ないことをしてしまった

しかし、それだけでは終わらなかった



目的と思われる駅に着いた時の景色がこれである

これでは如何ともしがたい

確認しようと思っているうちに、電車は動き出してしまった



 動き出してから話しかけてくれたのが、この方

ボルドーからわたしの方を見てにこにこしていたので、不思議に思っていた

 話してみると、そこに深い意味はなく、日本語の勉強を自分でやっている高校生

バカロレアで日本語の試験を受けた(る)と言っていた・・・ようだ

フランス語を話そうとせず、日本語で通していたのでその確度についてはわからないのだが、、

困っている日本人に目的の駅は通り過ぎたことを知らせたかったということだろう



 次の駅も駅舎は閉鎖され、バスやタクシーなどの交通手段がない

偶然近くに現れた方に訊いたところ、タクシー会社に電話をかけてくれた

何とも趣のある駅の電話機を使って

生活のテンポが実にゆったりしていて、人に対する時間をたっぷり取ってくれる

 教えられたタクシー会社数か所に案内の方に電話していただき、1時間ほどでタクシーが到着



 地元出身のドライバーが道すがら土地の素晴らしさを説明してくれる

良心的な方で、それまでの紆余曲折を忘れる気持ちよい田舎道のドライブとなった



 モンテーニュの塔に向かう途中、この方が広い敷地内を整えているのが見える

入口を訊いてみると、塔の小さな窓(引っ込み)に鷹の子供が住んでいると言って、口笛を鳴らしてくれる

母親はどこだろうかと言って、また口笛を鳴らす

自然と一体になっている生活を垣間見ることができる瞬間であった



 丁度16時から塔内の案内が始まるとのことで、数名のフランス人と一緒に過ごす

モンテーニュ38歳の時、静寂と自由を求めて公職を退き、この塔に籠もる

亡くなるまでの20年あまりを思索と執筆に使うため、ここを選んだのである

見たいと思っていた最上階の書斎の天井も見ることができた
 


元のお城は焼けてしまったようだが、ここでモンテーニュは生まれ、ここで59年の生涯を閉じている


モンテーニュの座右銘と言われるQue sais-je の文字が見える



受付の建物では、ワインの試飲が可能

記念に Essais の2009年ものを手に入れた

長い一日の短い滞在だったが、これからに繋がる何かが残ったように感じている

いつものように、それが何なのかは今はわからない




こちらに来た当時、Le Point の特集をまとめたものが前ブログに残されている

 
 モンテーニュ (VIII) 年表と関連資料 (2007-09-23)

モンテーニュ (VII) そして死 (2007-09-23)

モンテーニュ (VI) 流れゆく生 La vie comme passage (2007-09-22)

 モンテーニュ (V) 王国を救う Préserver le royaume (2007-09-20)

 モンテーニュ (IV) 愛、悲しみ、そして 「エセー」 L'amour, le deuil, les livres (2007-09-18)

モンテーニュ (III) 頭と足 La tête et les jambes (2007-09-17)

モンテーニュ (II) 天上の言葉 Un ciel de phrases (2007-09-16)

モンテーニュ事始 Montaigne (2007-09-15)

 
今回の訪問とこれまでの5年あまりの間の変化が、これらの記事を書いた当時を客観化できるだろうか

これまでの経験が理解を深めているのかどうか、そのあたりに注目しながら読み直してみたい





jeudi 30 mai 2013

雨のボルドー大学を散策

Michel Eyquem de Montaigne
 (1533-1592)

今日も曇り空である

トラムに乗り、町の中心カンコンス(Quinconces)まで出る

カンコンス広場では4年ぶりにモンテーニュさんとモンテスキューさんのお二人と再会

前回は汚れていたが今回は綺麗になっている

 ソルボンヌ前のものは好好爺といった印象があるが、こちらは怒られそうな威厳がある

わたしの見る目もこの4年間で変わってきたのではないかと感じた

前回と違い、像の全体がしっかりと目に入ってきた

広場を挟んだ向かいにいるモンテスキューさんについても同様であった


ガロンヌ沿いでは、川祭り(Fête le fleuve)が開かれていた

人は出ていたが、ほとんど感じなくなっていることに改めて気付く

そうこうしているうちに、今日も降り出した

暫し濡れながら街中を歩くと、4年前の記憶が蘇る景色がたくさん現れる

カフェで読み、そして書く



 午後からはボルドー大学に留学中の方に構内を案内していただく

第一大学、第三大学、第四大学と広がっているので相当に歩いた気分になる

上の写真は、第一大学の門

科学系の学部になる

建物はそれほど新しいという印象はない



 こちらは第四大学で、モンテスキューの名前が付いている

名前の通り、法学、政治学、社会科学、経済学などをカバーしているようだ


 
こういう教員室を見ると、なぜか懐かしさが込み上げてくる
 


廊下には、レポート提出用の棚だろうか

無造作に置かれていた

日本の大学の様子は知らないが、このようなことは考えられるのだろうか



こちらは、第一大学のビブリオテーク正面になる

構内はもうヴァカンスなのか、学生さんをほとんど見かけず、やや寂しい



ボルドー第三大学はミシェル・ド・モンテーニュさんの名前が付いている

人文系の学問をカバーしている

こちらは講堂が入っている建物とのこと

実は、ここで嬉しい発見をしたが、いずれ書くことがあるかもしれない

静かな構内を雨に濡れながら2時間ほどの散策となった



 帰りに、4年前にも訪れ気に入ったリブレリー・モラ(Mollat)に寄ってから帰ってきた

店内ではGilles Bordes-PagèsさんのLes sumos de Ryôgoku のプロモーションが行われていた

前回感じた強烈な印象は薄れている

その代り、対象との距離感が少なくなり、馴染んできているという感じだろうか



 夜、テレビでは23日に亡くなったジョルジュ・ムスタキ(Georges Moustaki, 1934-2013)さんの追悼番組をやっている

最初に彼の歌を聴いた時、かなりの違和感があったことを思い出す

もう7年も前のことになるが、つい最近のことのようだ

ムスタキを聞く ECOUTER MOUSTAKI POUR LA PREMIERE FOIS (2006-03-14)

今では違和感は消え、その味がわかるようになっている

 感覚が確実に変わっているということだろう

ありきたりのことを商売として語るのではなく、人間として考えたことを淡々と語っている

人間と表現との間に膜がないという印象があり、好ましい



旅に出てテレビをつけると、フランスの今に触れることができる

それはどこか、フランスに旅行に来て、この国の様子を観ているという感覚をも呼び起こす




mercredi 29 mai 2013

変わりやすい空の下、ガロンヌ川を眺め、読んでは書き、書いては読む

La Garonne


朝、雨が降った後で曇っている

今朝は以前にたっぷり歩いたせいだろうか、街中を観光しようという気分にはならず

歩いては休み、読んでは書く日にするつもりで出掛ける

途中から、素晴らしい夏空が現れる

ただ、風があり、もう6月になろうかというのに、わたしは冬の服装であった

 しばらくすると、ガロンヌ川が現れた

前回は、旧市街を彷徨った後、広々とした空間が拡がり感激したことを思い出す

今日もゆったりと流れていた 




さらに歩き、この前を通り過ぎようとした時、急に雨が降り出した

ジャック・ティボー(Jacques Thibaud, 1880-1953)の名前が付いたコンセルヴァトワールで雨宿りの読み

ティボーさんがボルドーのお生まれだとは知らなかった

ここは音楽の他、踊りや演劇もやっているようで、身のこなしや言葉の達者な子供たちがホールを動き回っていた

1時間くらいで雨は止んでくれたので、再び歩き出す

午後もカフェで読んでは書いていたが、この間も晴れから雨の間を数度行ったり来たりしていた

 前回の訪問は2月だったが、これほど天気が目まぐるしく変る町だとは気付かなかった

連日の雨というのは、そういう意味だったのだろうか

素晴らしい晴れが現れる空の変化は嫌いではない




昨日、こちらに40分ほど遅れて着いたと書いた

今日、その遅れは動物との衝突が原因だったとのお詫びのメールが入っていた

日本の新幹線では考えられないことだが、なぜか憎めない

それは、息もできないほどがんじがらめになっていないところなのだろうか

時間に追われていることに変わりはないのだろうが、そこに余裕があるとでもいう、、、



夜、『春の祭典』100年を記念した番組をArteで観る

ストラビンスキーなどの貴重な映像と今のパリが出てくる

贅沢な気分になる番組だ

他の番組にも目をやると、現世のフランスが確かに動いているのがわかる

それを目に入れずにこれまでやってきたが、かなり異常な生活ではなかったのか

アメリカの経験では、話し言葉はテレビから入ってきたように記憶している

その意味では5年もの間を無駄にしたようにも感じる

確かに、言葉を学び、事実を学ぶにはテレビは一つの方法かもしれない

しかし、それは考えることを阻害するように感じたことも事実である

 おそらく、その判断に間違いはなかったように思う




実に気持ちよさそうに、ガロンヌの水を掻いていた






mardi 28 mai 2013

4年ぶりのボルドー


 つい最近のことだと思っていたが、もう4年前になることにいつものように驚く

雨と曇りと晴れの空を見ながら、40分遅れでボルドーに着いた

道中は、流れる景色を眺めたり、モンパルナスのキオスクで手に入れた雑誌を読んだりしながら過ごす

その中に、ソルボンヌの哲学史教授だった方の本が紹介されていた

ニコラ・グリマルディ(Nicholas Grimaldi, 1933-)さん、79歳

初めての方になる

長い間の哲学生活を振り返り、次のようなことを語っているところがあり、繋がりを感じる

「わたしの野心はオリジナルな思想を持つことではない

そうではなく、できるだけ真理に近づこうとすることである」

哲学をする時にオリジナルであろうとするのは誤りだと言っているように聞こえる

哲学者の声を真摯に聞き、その中に真理を求める営みを地道に続けよということなのか

わたしもこの領域でオリジナルであることは可能なのかという疑問を持つようになっていた

その問いに対する最近の考えと重なるところがあり、少し勇気が湧いてくる




 4年前は駅構内と駅前が工事中であった

この景色を見て、そのことを思い出した

いつも感心する彼らの美的センスとそれを形にするデザインの心がこの構内にもあった

公の場にありながら、家の中にいるような感覚になるのである

以前に元老院(セナ)の議員オフィスを訪ねた時もそんな印象を持った

彼らの生活や仕事に持っている余裕のようなものの表れなのだろうか

このような違いがどこから生まれているのか、いつも知りたいと思っている



駅前もすっかりきれいになり、ユニークなデザインの街灯が予想もしなかった場所に並んでいる

 以前の面影はない

歩き始めると、日本語の会話が聞こえてきた

パリを出る前に調べた天気予報は連日の雨になっていた

Croisons les doigts ! というところだろうか



夜、外に出て食事、そして読む

お店のマダムがどちらからですか、と問い掛けてきた

どこの国のアクセントかわからないフランス語を耳にしたからだろう

そこから会話が始まった

日本や中国、韓国のお客さんが多く、今さっきも韓国の団体客が来ていたとのこと

日本語や韓国語の挨拶もアクセントが全然ない

東洋も含め外国の文化に強い興味を持っていると話してくれた


娘さんが通っている学校(リセ?)では英語は必修で、第二外国語がスペイン語かドイツ語

第三外国語として、アラビア語、イタリア語、中国語を学ぶことができるという

残念ながら、日本語は入っていないとのこと

話を聞いているだけで精神が拓かれていくように感じる

ヨーロッパにいることを改めて感じる