dimanche 30 juin 2013

ワークショップ 「医学における知識と実践」 のサマリー


先日、 「医学の哲学」 会議が終わった

その後、オーガナイザーからジュニアの座長にワークショップのまとめを送ってほしい旨の連絡が届く

そんなことであれば、始まる前に言ってほしかったというのが普通の人の反応だろう

 今、フランスにいるのである

こちらに来てからは、どんなことがあっても平静を保つことができるようになっている

 乏しいメモを読み直し、何とか繋ぎ合せてみた

実際に纏めてみると、何が問題になっていたのかがよりはっきりしてくるので、ありがたいことであった

専門家の方のご批判をいただければ幸いである


Summary of Workshop “Knowledge and practice in medicine

The problem of knowledge and practice in medicine probably started at the time of Hippocrates who introduced a theory or a system of thought into traditional healing practice. Thus this problem is necessarily inherent to medicine and has been with us ever since. The style and the themes of the workshop were not fixed or structured in advance, but the outline of various problems to be considered with respect to knowledge and practice in medicine was appropriately raised. The followings are the points discussed, to name just a few:

1)     Certainty and uncertainty in diagnosis and medical practice in general:
Uncertainty is inherent in clinical medicine. Because there is always variability in the biological world and clinical manifestations of a disease are the results of dysregulation of mechanisms and complex interactions in systems, we have to cope with uncertainty in diagnosis and in treatment choice. In the event, we rely on the use of statistics, either frequentist or Bayesian or others, to have a statistical certainty or a kind of knowledge, but the relationship between cause and effect is probabilistic. Although the probability can be improved, how to control a variety of situations in uncertainty or the problem of risk remains to be solved. As William Osler (1849-1919) rightly pointed out a century ago, “medicine is a science of uncertainty and an art of probability” and thus “errors in judgment must occur in the practice of an art which consists largely of balancing probabilities”. We’ll have to deal with the problem of uncertainty and probability for many years to come.

2)     Evidence-based medicine (EBM), personalized medicine (PM) vs. person-centered medicine/care (PCM/PCC), person-centered therapy (PCT):
EBM is a rationalist approach to patients primarily by applying best available evidence or mathematical estimates of risk, derived from studies on the population level, to an individual. PM is a refined form of EBM, so to speak, that puts heavy emphasis on the genetic information. First of all, we have to ask what evidence is and how to deal with evidence hierarchies that are basically determined by methodologies used, such as case studies, cohort studies or randomized controlled trials. At this juncture, the notion of ‘bias’ was discussed. A bias is a systematic error that can distort scientific investigation and occur at various levels such as design, selection, and detection. There is also a cognitive bias in decision-making that is not based on evidence. When there is not enough time or information, people often use heuristics, experience-based shortcut techniques, to make judgment, as widely discussed by Amos Tversky (1937-1996) and Daniel Kahneman (1934-). This approach is naturally criticized by EBM, but is very effective in certain situations. How to reconcile this dilemma remains to be debated.

These two styles of medicine heavily rely on the physical, chemical or mathematical evidence, and pay little attention to the history and culture of patients. To fill this gap, there is an alternative movement called PCM and PCC to treat patients with more holistic and humanistic eyes by incorporating historical or cultural aspects of patients. In the same vein, PCT was developed by American psychologist Carl Rogers (1902-1987) as a humanistic psychotherapy. This approach has an influence not only on psychology but also on education, counseling and rehabilitation. However, it is important to discuss as to what “person-centeredness” signifies and whether medical practice should be person-centered. Although the journal such as Journal of Person-centered Medicine has been launched, this branch of medicine does not yet seem to gain a momentum to become a major movement. One of the reasons may be that as in science, most practitioners of today’s medicine try to pursue their work in well-established, main-stream fields, and tend to neglect newly-developed, minor areas.

Since EBM or PM does not cover all the aspects required for satisfactory treatment of patients, we need more humanistic and holistic considerations for better medical care. My provisional conclusion after the workshop was that on the one hand, EBM- or PM-type approach has to be further refined in a rationalistic direction, but on the other hand, humanistic, historical, and cultural aspects have to be incorporated in the treatment of patients. How these apparently disparate efforts are harmonized and synthesized will be a future task for philosophers of medicine as well as medical practitioners. Unfortunately, the session had to be terminated in the middle of the discussion. I hope the problem of knowledge and practice will continue to be discussed in the future workshop.




jeudi 27 juin 2013

留学と人生を語る




3月に帰国した折に雑誌「医学のあゆみ」の対談に声を掛けられたことについては、すでに触れた

三重大学の島岡要先生がシリーズでされている 「”教養” としての研究留学」 の第5回目である

3時間ほどの対談になったが、ゲラが来るまで何を話していたのか思い出せなかった

秀逸な編集のお蔭で中身の乏しさを補う読み物となっている

医学のあゆみ (2013.6.22) 245(12):1043-1053, 2013

サイトに行くと、一部立ち読みができるようになっている

これからの方の参考になることが含まれているとすれば、幸いである




mardi 25 juin 2013

モーリス・ナドーさん亡くなる

Maurice Nadeau (1911-2013)


研究所のビブリオテークで、モーリス・ナドーさんがこの16日に亡くなったことを知る

享年102

 ル・モンドを捲っている時、何とも味のある写真が現れた

100歳の時のお姿である

教師、作家、文芸評論家であり、編集者としても多くの才能を発見している

1945年にご自身が出した『シュールレアリスムの歴史』は、半世紀後に日本語に訳されている

1984年には出版社(Éditions Maurice Nadeau)を始めている


今回は、この写真と102歳まで生きたという点で取り上げてみた








dimanche 23 juin 2013

一夜明け、新たな世界が広がる

 Jacques Cujas (1520–1590)


 3日間に亘り朝から晩まで英語とフランス語の世界にいた

そのためか、今朝は欧米の精神世界の中にどっぷりと浸っているという感覚とともに目覚めた

あの異界の中にいるという感覚でもある

その感覚は庵の中で日本語とともに暮らしているところから引き出す力を持っているように感じる

 フランス語と英語の世界の中にこの身を投げ出し、そこで生きるという感覚が戻ってきたようでもある

そうすることにより、新しい姿勢で自らの中に還ることができれば、面白い展開になりそうだという予感が生まれている


昨日感じたことを思い出していたが、もう少し違う表現ができそうである

それは昨日聞いたお話から見えてくるアメリカとフランスの文化の違いについてである

より正確には、言葉と思考との関係になるだろうか

アメリカとカナダには、考えたことを淀みなく話すことをよしとする文化がある

わたし自身もその哲学の下にやってきた

この場合、話している時には考えていないのである

一応考えた結果を虚空に発するだけなのである

そのことに気付いたのは、フランスの若手の話す様を見た時である

彼の話振りは、思考の過程をなぞるように話しているというものであった

話すその時に考えていることがわかるのである

言葉と思考が寄り添っているとでも言うべき風情なのである

言葉が単なる記号に堕していないとでも言えばよいのだろうか

 ひょっとすると、この密な関係をフランスのものを読む時にも感じていたのではないか

それをよいものとして感じ、考えるようになったため、その関係の薄いものには感じなくなったのではないか
  
そんな想いが湧く

思考と言葉の関係をどれだけ深くできるのか

そこにすべては掛かっているのではないか

一夜明けての感想である




ところで、昨日のメトロでは孔子のこの言葉に出遭っていた


「人生には二つある。二つ目というのは人生が一つしかないことに気付いたその日に始まるのである」




samedi 22 juin 2013

「医学の哲学」 国際セミナー終わる


今日は国際会議最終日だった

これまでの8時半開始が今日は9時になり、昼食の2時間を挟み午後5時までたっぷりとお話を聴いた

それ以外に、これまで言葉を交わすことのなかった偉い先生とも親しくお話ができ、有益であった

それは英語の環境であったからこそ可能だったとも言えるだろう

意識の上で、フランスの状況を抜け出ることができたからである


当初はこのような会があることも知らなかったが、故あって参加することになった

それは、最終日に予定されていたワークショップの co-chair に指名されたからである

テーマは 「医学における知識と実践」

どうしてわたしが、と思うテーマだったのでお断りしたが受け入れられず、参加を余儀なくされた


 新しい領域に入ってから初めての経験になるセッションは、ほぼ1時間半

多くのことを学ぶことができた

参加者はアメリカ、カナダ、イタリア、フランスからの方で、それぞれの特徴が表れていて興味深いものがあった

アメリカ大陸の方は皆さん声がよく通り、話すのが速い

深く留まるように考えるところはなく、流してどんどん先にいく

そして、情報量が多い

一方、フランスの若手は考えながら言葉を紡ぎ出しているのが手に取るようにわかるゆっくりとした話振りであった

知識を増やそうとするよりは、少ないテーマを掘り下げて考えるところがあるように感じた

イタリアの若手も小気味よい論理の展開で好感を持った


 身近でお話を聴いていると、われわれの思考様式とかけ離れているように見えてくる

 また、思考が行われているレベルも違うように感じる

それはおそらく、抽象的な概念を用いて論理的に話す訓練をされているかどうかにかかってくるのではないだろうか

同年代の日本人の中に、彼らと同じレベルで話ができる人が一体どれだけいるのだろうか

そんな疑問が頭を過った


個人的に感じたことは、かつてはマンハッタン訛りなどと言われた英語だが、今やその面影がなくなっていることだろうか

国籍不明のたどたどしい英語になりつつある

以前はアメリカ英語を維持するために使っていたエネルギーを考えることに向けていた結果だと考えたい

おそらく、正確な観察だろう

それがフランス語にも当て嵌まるのでこれから大変である




vendredi 21 juin 2013

ギュスターヴ・エミール・ボアソナードさんを発見

Gustave Émile Boissonade, 1825-1910)


会議2日目である

一日中、慣れない領域のことを座って聴いているのは疲れるものである

と同時に、これを続けて行けば慣れるのかと思うと、逆に恐ろしくなる

仕事をしている時はそういう状態にあるのだろう


本日、会場で 「日本近代法の父」 と呼ばれているエミール・ボアソナードというフランス人の銅像を発見

ウィキの情報をまとめると次のようになる

1873年(明治6年)に来日し、1895年(明治28年)に帰仏したお雇い外国人の一人

幕末に締結された不平等条約による治外法権など不平等条項撤廃のため、日本の国内法の整備に大きな貢献をした

司法省法学校のほか、東京法学校(現法政大学)、明治法律学校(現明治大学)、旧制東京大学でも教壇に立つ

東京法学校では教頭を務めた

行政・外交分野でも日本政府の顧問として幅広く活躍

旭日重光章(外国人として最初の叙勲)、勲一等瑞宝章、勲一等旭日大綬章と三度受章した

1910年、南仏はアンティーブで亡くなっている




コーヒー・ブレイクでの会話で、久し振りに会った方がボルドーに移ったことを知る

それがボルドー第3大学ミシェル・ド・モンテーニュで、わたしが帰ってくるのと入れ替わりの時期だったという

また、こちらに来てからお付き合いのあるもう一人の方は、ボルドーから通っているとのことで驚く

こういうセッティングでなければ出てこなかった話なのだろう
 
予想もしなかった繋がりが転がり出てくるのは、いつも興味深い





jeudi 20 juin 2013

「医学の哲学」 の会議で、改めて 「考えるということ」 を考える


本日から院生や若手研究者のための国際会議がパリで始まった

テーマは医学の哲学

パリ、ロンドン、ミラノ、マインツ、ピッツバーグの大学が共催になっている

特にわたしの専門ではないが、成行きで参加することになった

しかし、ミラノ、マインツ、それからパリの研究者から貴重なお話を伺うことができた


ところで、今朝は8時半からの予定だったが、なぜか時間がまだあると思いカフェに入っていた

少しして気付き、慌てて会場に向かった

蒸し暑い季節のため、汗びっしょりで

確実に何かが進行している



抄録の中に、"pause and reflect on" という言葉があり、わたしの心掛けと重なることを著者に伝える

また、同じ方が歴史を調べることなしに新しいことは見つからないと発表していた

この言葉の意味がわかるようになってきたのは、残念ながらこちらに来てからになる


ブリュッセルの方の発表では、臨床が忙しくなると、自動的に判断していることが多くなるという

それを可能にしているのは経験をもとにした暗黙知のようなものだという

それは効率的な臨床のためには有効になるのだろう


この話をより広く、考えるということから見ると、忙しい日常の中では自動的になっている可能性がある

つまり、考えるという作業が行われていないことを意味している

そして、そのことにも気付かなくなる

この状況で重要になるのは、時間をたっぷり取って考えている人の声を聴くことではないのだろうか

そうして、考えるということはどういうことなのかを確認する必要があるだろう

 ひょっとすると、哲学者という人種は忙しくて考える暇のない人に代わって考えている人間なのかもしれない

そう考えると、彼らの声を聴いてみたいという気にもなるだろう

そんな考えで彼らに接しているのではないか
 
結局、そんなところに考えが流れて行った





mardi 18 juin 2013

バカロレアのフィロ始まる


昨日の朝、ラジオをつけるとバカロレアの哲学が始まるというニュースが流れていた

先日のボルドーの学生さんを思い出す

外は雷鳴轟く嵐である

パリではこの程度が大きな自然の変化になる

こういう日に限って用事があるのだ

流石に傘を持って出かける

用事は予想に反して午後の3時過ぎまでかかった

すでに雨は上がり明るい太陽が出ている

夏の雨上がりの蒸し暑さを感じる

カフェで最近の締まりなき日々を振り返ってから帰ってきた


今、フィロの問題を調べたところ、次のような問いが出されていたことがわかる

科学(S)系

 1) 政治に興味を持たずに道徳的に振る舞うことはできるのか

2) 仕事により自己の発見は可能なのか

経済・社会(ES)系

1) われわれは国家に何をすべきなのか

2) 知識がない時には解釈するのか

人文(L)系

1) 言語は道具に過ぎないのか

2) 科学は事実を記載することに限るのか


この場でも、仕事、知識、言語、科学に関する問題については考えてきた

抜けていると思われるのは、政治に関する問題のようである





samedi 15 juin 2013

ピエール・ゴルシュタインさんのセミナーを聴きながら


一昨日、マルセイユの免疫学者ピエール・ゴルシュタインさんのセミナーを聴く

Pierre Golstein (Centre d'Immunologie de Marseille-Luminy)

T細胞による殺傷機構や細胞死について長い間研究されている

研究領域が違うこともあり、直接お話を聴くのは初めてになる

タマホコリカビ Dictyostelium discoideum)を使って、発生、細胞死、免疫などについて解析していた


イントロでは、研究を始めることだけではなく、研究所を創る過程についても話をされていた

マルセイユの研究所の創設に関わっただけではなく、今はインドの研究所の立ち上げにも関わっているからだろう

それから、研究のモデルを選ぶということについて話題にされた

まさに、モデルを選ぶということを哲学する、という風情であった

この地上には真核生物だけでも1000万に及ぶ種が存在しているという

それにもかかわらず、主要な研究対象は10種程度である

つまり、研究者が研究対象を選ぶ時に、考えていないという主張である

あるいは、そもそも研究モデルを選ぶというその発想自体が頭にないということである

研究を始めた研究室で偶然に使われていた動植物をモデルにしているだけではないかというのである

わたしが言うとすれば、ヒラリー卿よろしく、「そこに・・・があったから」 に過ぎないことになる

研究者が意識的にモデルを選ぶとすれば独立した時であるが、モデルを変えることはほどんどない

モデルの選択ということを考えていないこともあるが、変えることには危険が伴うと直観的に感じていることもあるだろう

ご自身は、長い間マウスを使っていたが、考えて今のモデルに切り替えたという

細胞死にはアポトーシスネクローシス以外にもいろいろな型があるはずだと考えているからだろう


お話を聴きながら感じていたこと

まず、言葉を正確に使おうとしていること

それは、思考を正確にしようということである

さらに、事実を語るだけではなく、常に考えるためのクッションが置かれているとでもいうべき精神の状況がある

こちらに来た当時の身で聴いたと想像してみると、日本では見たことがない科学者だという感想を抱いただろう

「フランス的な」 科学者などと言うことには問題があるのだろうが、そう言いたくなる衝動に駆られる

哲学的だ、とは言えそうだが

上滑りなところは微塵もなく、どこまでも落ち着いている

別の言い方をすれば、大人に見えるのである

フランス、あるいはヨーロッパの科学の歴史が滲み込んでいることを感じさせる

普段は1時間半のセミナーだがこの日は3時間にも及び、流石のフランス人も終わりの時間を確認していた

研究成果そのものよりも研究や科学をどのように考えるのかについて、多くのことを考えさせられる時間となった




mercredi 12 juin 2013

フロイトと精神分析の歴史



フロイト(Sigmund Schlomo Freud, 1856–1939)のドキュメンタリーを観る

フロイト、ユングのお二人については少しだけ触れているので、興味を持って観始める

ユングさんとフロイトさん再び (2012-06-16)

ユングの 「赤の書」 (2012-01-09)

A Dangerous Method を観る、あるいはカール・ユングという人生 (2011-12-26)

時代背景が明らかになり、貴重な映像がふんだんに盛り込まれているためか、次第に惹き込まれる

結局、最後まで観てしまった





フロイト最晩年の未完の書には、医薬品の開発が進めば精神分析は取って代わられるだろうと書かれているという

確かに、1970年代以降は精神分析は衰退に向かった

しかし、人間の性質に迫るにはフロイトの方法は未だに有効性を持っているのではないか

そんなところで終わっていた


現在、折に触れて読んでいる本の世界にも繋がる興味深い領域である

今はとても手が回らないのが残念である



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(vendredi 14 juin 2013)


 このビデオの中で、英語で話している方が二人いる

先日、最初に出てくる方の英語は流暢ではあるが、少しクセがあるという印象が残っていた
 
そして、今日見直した時、その方のお名前が目に入ってきた

"Peter Gay"

この名前を見た時、「ひょっとして」 と思い本棚に行くと、嬉しいことにその本が現れた

なぜか日本から持ってきた Freud: A Life for Our Time (Norton, 1988)

800ページを超える初版のハード・カバーである

表紙にはバーンズ・アンド・ノーブルの小さなステッカーが付いていて、25ドルから20ドルに値引きされている

 当時は本との出会いには無頓着だったので、購入日の記載がない

おそらく、ニューヨークを訪問した折に、マンハッタンの五番街の店で手に入れたものだろう

ぼんやりとその時の様子が浮かんでくる

もちろん、読んだ形跡はない

興味はあったが、読む余裕などなかったのだと思う


ピーター・ゲイさんのことをウィキで調べてみた

1923年にベルリンに生まれたユダヤ人

 1941年にアメリカに移住、5年後にはアメリカ国籍を取っている

 生まれた時の名前は Peter Joachim Fröhlich だったが、Fröhlich (英語では happy) を Gay に変えたとのこと

デンバー大学、コロンビア大学で教育を受け、コロンビア大学とエール大学で教え、1993年に退職している



こんな具合に 「いま・ここ」 と繋がる形で25年前になろうかという過去が蘇ってくるこの感覚

形容の仕様がない静かな悦びである




dimanche 9 juin 2013

連載エッセイ 第5回 「フィリップ・クリルスキー教授とともに専門と責任の関係を考える」


雑誌 「医学のあゆみ」 に連載中の 「パリから見えるこの世界」 の第5回エッセイを紹介いたします。

  医学のあゆみ (2012.6.9) 241 (10): 802-805, 2012
 
 ご一読、ご批判いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。



vendredi 7 juin 2013

もうヴァカンス気分か


散策の途中に小さな池がある

普通は金魚だけなのだが、この日は別の魚が目に付いた

日によっては鴨のような鳥が出てくる

冬の間は氷が張る

一体誰がこの池の面倒を見ているのだろうか

いつも不思議に思っている



今日は昨日に続いて快晴

気温も夜八時で26度、パリでは珍しい蒸し暑さを感じる

夕方散策に出たが、もう夏のヴァカンス気分で溢れている

こんな時に頭を絞るのは少々馬鹿らしいと感じてしまうが、それは致し方ないのか

帰りに数冊手に入れ、カフェで少しだけ読んできた




mercredi 5 juin 2013

ニコラ・グリマルディさんによる表象と生命


先日、ボルドーの旧市街散策中、リブレリーに入る

行きの車内で発見したニコラ・グリマルディ(NIcolas Grimaldi, 1933-)さんの本が目に付いた


「わたし」 とは何かについて論じている本らしい

  帰りの車内で目を通す
 
目次を見ると、最近耳にすることのなくなったスノビズムダンディズムの言葉が見える

この二つは 「わたし」 とどう関係してくるのだろうか

読むことができたところから見えてきたことをいくつか


グリマルディさんは、 この問題を表象(La représentation)と生命(La vie)との対比で論じている

表象に頼って生きるのがスノッブであり、ダンディだというのである

彼らの現実とは表象だけなのである

それでは表象の元々の意味は何か

表象とは、他人の目の前で位置付ける行動のことである

スノッブは他人がどう見るかにしか興味を示さない

ダンディはもっと複雑で、他人にどのようなイメージを与えるのかに注意を払う

俳優のように、他人を驚かすことを一つの挑戦として自らに課すのである

彼らは他人に完全に依存している存在である

そこでは、主体としてどのように感じているかが完全に欠落している

自らの内を覗くことがない、主観がないのである

主観を可能にする孤独を受け入れることができないのである

他人に依存し、孤独に耐えることができないところに主体性も自律も生まれない


その生き方の対極に、内なる生命の迸りを持ち出している

生きるということは自らで溢れることである、とはグリマルディさん

(Vivre, c'est déborder de soi.)

生命から迸り出る何かが他者に浸透することにも繋がる

外に食み出すダイナミズムである

しかし、そこには孤独が付き纏っている

ある意味では、生命が内なる表象の中に隠れていることになる


孤独に別れを告げ、外に表れる表象の中だけに生きるのか

 孤独とともに、自らの内なる表象としての生命を活性化させて生きるのか

あるいは、この両者のバランスをどのように取って生きるのか

われわれに突き付けられているはずの問いである





lundi 3 juin 2013

パリに戻り、露店リブレリーで拾いもの


 これからパリに向おうという今朝のボルドーも快晴

どうもそうなっているようだ

帰りは予定通りモンパルナスに着いた


 夕方、用事があり外出すると、メトロを出たところで本を売っている

よく見かける露店である

予定まで時間があったので眺めていると、興味を惹くものが数冊ある

値段も1.50ユーロ、3ユーロと十分の一で、お安い

拾いものをしたような気分で、用事を済ませた後その中の1冊をカフェで読む

意外に面白い

道草をしている方が楽しいところがある

本業が捗らないわけである


帰りのメトロでこんなものを見つけた

孔子の言葉が出てこないのが残念である



「わたしは解を知ろうとはしない。問いを理解しようとするのである」 (孔子)



 

dimanche 2 juin 2013

何もなかった?ペリグー訪問


今朝はこちらに来て初めての快晴

旅心が刺激され、先日話に出ていたペリグーPérigueux)に向かうことにする

午前中、カフェで読み、駅に向かう

今日は出発1分前の乗車になった

道中、お隣になった年配のご婦人から時間を訊かれる

いつもの上着のポケットの中を探すが、出てこない

そこにあるのに目に入らないという最近の典型的な症状で、カフェに忘れてきたと確信する

 向こうに着いてから電話でもすればよいと考え、全く動揺なし

降車のため、ご婦人が立った席に木の葉が見えたので確認すると、よろしいですとのことでいただいた

今日の写真である



1時間半ほどで目的地に着いた

先日のドライバーの話では、日曜でも大丈夫ですよ、とのことだったが、やはりフランスの日曜日であった

ゴースト・タウンのような街を歩き、丁度開いていたアラブのサンドイッチ屋さんでお茶を飲みながら読む






今日は望みがないと思い、早めに帰ることにして駅を目指す

相当歩かなければ、と思っていると、すぐに顔を出してホッとする

 どんな経路で歩いていたのだろうか

駅では朝のカフェに電話をするため、ウィフィのあるカフェで番号を調べる

そして、電話をしようとして立ち上がり、ズボンのポケットに手を入れて驚いた

何と、そこに時計があるではないか

相当に症状が悪化しているようである


ところで、何もなかったような今日のペリグー訪問

そこから何かが顔を出す日は来るのだろうか

注意深く観察を続けたい



夜、テレビをつけると読書番組をやっている

エリック・エマニュエル・シュミット(Éric-Emmanuel Schmitt, 1960-)さんが興味を惹く言葉を並べている

錬金術師、医者、哲学者、異端審問、ペスト、、、

5-6?人がお勧めの本を紹介するコーナーであった

その本は、マルグリット・ユルスナール(Marguerite Yourcenar, 1903-1987)さんの『黒の過程』(L'Œuvre au noir)

1968年のフェミナ賞受賞作である

その番組は France 5 の La Grande Librairie であることがわかった

偶にこういう番組を観ると刺激される

日本にいる時に、BSで 「週刊ブックレビュー」 を観たことがあるが、同様のものは今あるのだろうか




samedi 1 juin 2013

モンテーニュさんをこれまでになく近くに感じる


昨日の旅を反芻しながら、朝のカフェを味わう

モンテーニュさんのお城のサイトは、出る前に一二度見た程度でぼんやりしたイメージしかなかった

それは、どこか遠くにあるよそよそしさを感じる場所にしか過ぎなかった

しかし、実際にその場に立ってみると、全く印象が変わっていた

ブドウ畑が広がる敷地の中にいるだけで気分が晴れてくる

どこを切り取っても絵になる景色が溢れている



塔の一階はサン・ミシェルに捧げられたチャペルで、天井はプラネタリウムのように大きな星が描かれていた

二階は寝室で、息を引き取った場所だという

そして、最上階の書斎の天井の梁にはギリシャ語とラテン語の引用が刻まれている

それを歩きながら見ては思索に耽っていたのだろうか

カンコンス広場でその姿を見た時にはまだ遠い存在に感じた

しかし、昨日の旅の後、モンテーニュさんがこれまでにも増して近い存在に変わっていた



この塔に38歳で退き、亡くなるまでの20年あまりを思索と執筆に当てたモンテーニュさん

ただ、その間もここに閉じ籠ったままでいたのではないことは6年前に知った

その後、ボルドー市長を終えてからここに籠もったとぼんやり思うようになっていた

今回、年表を読み直し、それは作られた記憶であることがわかる

精神的には隠遁の思索生活を送っていたが、その間ヨーロッパを旅し、市長にも推されることになった

カトリックとプロテスタントの争いで国が分裂することを危惧して引き受けたと考えられている

彼が身に付けていた白い首巻?はカトリック、黒いローブ?はプロテスタントを意味していた

身を以って寛容の精神を訴えていたのである