前ブログに面白い記事を見付けた。そういうことも確かにあった、と見ると思い出すタイプの記事になる。最初のブログ「ハンモック」に届いた山石水皮様からのコメントから「こと」は始まっている。記憶を更新するために、4年振りに読み直すことにした。コメントが届いた記事は、以下のスピノザに関するものである。
山石水皮様のコメントにはこう書かれていた。
「スピノザは神学・政治論で日本について書いていると聞きました。何からどのようにして日本を知ったのでしょうか。スピノザは江戸日本からどのよ うな影響を受けているのでしょうか。17-18世紀のヨーロッパの変化について関心があり調べています。お分かりでしたらお教え願えれば幸いです。」
私自身はスピノザに興味を持ってフランスの雑誌記事について触れたのだが、スピノザを読んでいる専門家でもなければ哲学に広く通じているわけでもない。したがって、その疑問には答えられない旨の返事を書いた。しかし、返事を送ろうとする時、指摘されている不思議なつながりに異常な興味が湧いていた。少し調べてみようという気になりネットをサーフすると、上智大学が発行している雑誌に載っている、まさにこの問題を扱った論文に行き当たった。ラテン語とその訳としてのドイツ語が出てくるフランス語論文を頼りに、両者の関係を探ってみることにした。
Henri Bernard "Spinoza et le Japon"
Monumenta Nipponica, Vol. 6, No. 1/2, pp. 428-431, 1943
スピノザの死後20年にあたる1697年に、彼に敵対していた
ピエール・ベール Pierre Bayle (1647-1706) というフランス百科全書派のさきがけと言ってもよい哲学者が
Dictionnaire historique et critique 「歴史と批判精神辞典」 を出版した。この膨大な辞書はネットで読むことができるが、スピノザの項だけでも70ページが割かれている。その中でスピノザを 「古今のヨーロッパや東洋の哲学者の影響を受けているが、全く新しい体系と方法を持つ無神論者」 と規定した上で、中国の哲学、さらには日本の哲学と同一視しているという。
私がざっと目を通したところでも、無神論を構成する要素が中国人の間には広まっているという指摘があり、別の書の引用がされている。そこには、中国人は世界の至る所に精神が宿っていると考えており、それは星であり、山、河、植物であったりする、という記載もある。
1649年、スピノザ16歳の時には
ベルンハルト・ヴァーレン (ラテン名:ベルンハルドゥス・ヴァレニウス) の
Descriptio Regni Japoniae という日本伝聞記がアムステルダムから出版された。この著者は地理学にも興味を持っていたドイツの医者にして数学者で、仕事の慰みに日本についての情報をハンブルグの政治家などに提供していたという。この方は28歳の若さでこの世を去っている。
Descriptio Regni Japoniae 1663年には、日本に初めて足を踏み入れたフランス人と言われる
フランソワ・カロン(
François Caron) の
A true description of mighty kingdoms of Japan and Siam という書も出版され、スピノザが日本に関する情報に接する機会は少なくなかったと想像できる。余談だが、この書はあらゆることに興味を持ち、デカルトを家庭教師に呼んだスウェーデンの
クリスティーナ女王にも献呈されている。幸いなことに、同志社大学のケーリ文庫で読むことができる。
その上で、この論文の著者アンリ・ベルナール氏はこう結論している。
Tractatus theologico-politicus 「神学・政治論」 で日本に言及されているのは第5章における日本でのキリスト教の儀式についてだけで 、スピノザの哲学思想が日本の儒教思想に影響された可能性は低いのではないか。
他の論文に当たっていないのでベルナール氏の主張の正当性は保証できないが、どこかに向けての第一歩になったようだ。
(24 février 2008)
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最初の記事に山石水皮様との興味深いやりとりが残っていることもわかった。
以下に転載したい。
スピノザと江戸日本 (山石水皮)2008-02-22 10:43:13
ごく初歩的なことなのでよろしくお願いします。スピノザは神学・政治論で日本について書いていると聞きました。何からどのようにして日本を知ったのでしょうか。スピノザは江戸日本からどのような影響を受けているのでしょうか。17-18世紀のヨーロッパの変化について関心があり調べています。お分かりでしたらお教え願えれば幸いです。
訪問ありがとうございます (paul-ailleurs)2008-02-23 20:37:07
興味深いご指摘ありがとうございます。私自身は専門家ではありませんが、少し調べてみましたところ、この問題についての論文があるようです。結論から言いますと、スピノザの哲学が日本の儒教の影響を受けているという可能性は少ないようです。もう少しはっきりした段階で現在のブログ A View from Paris (http://paulparis.exblog.jp/) に掲載したいと考えておりますのでご参照ください。よろしくお願いいたします。
お相手いただきありがとうございます (山石水皮)2008-02-25 19:42:37
いろいろなところに問い合わせていますが、まともに取り合っていただけたのはこちらが初めてでした。大変ありがとうございます。ベールについてはカントの永遠平和に先んずること100年の日本評価がありました。日本語訳の寛容論です。あとは歴史批評辞典の”日本”と”スピノザ”項目でした。今 住んでいないので17世紀の歴史全体状況が分かりませんとスピノザが何を知っていたのか分からないので、それが知りたいと思っています。ベールはスピノザの思想がどうして日本に伝わったのか不思議だというようなことを書いていたと思います。全く逆だと思いますが。よろしくお願い申しあげます。
不思議な繋がり (paul-ailleurs)2008-02-28 07:31:04
今回はスピノザ、ベール、日本のつながりの端緒に接する機会を作っていただきありがとうございます。これから気をつけてみていきたいと考えております。進展がありましたらお知らせいただければ幸いです。
スピノザの周り (山石水皮)2008-02-28 21:32:57
スピノザの周りの状況で今までに分かってきたのは次のような断片的なものですが、日本との関係はいろいろです。スピノザとレーウェンフークはともにレンズを磨き、細胞観察をしていたようです。ともに1632年生まれ、フェルメールも同じです。レンブラントは和紙をエッチングの印刷に使っています。同じ町に住んだり知り合いだった可能性もあるようです。フェルメールは日本の着物を着た人物像を4枚描いています。作品数35枚ですからそのつもりで見れば直ぐに分かります。その他の当時の画家もハーフの女性、鎧、刀など描いている絵があります。スピノザは商人でしたから日本との貿易が、世界遺産の石見銀山の銀などで儲かるとすれば注意していたことでしょうか。現実存在の多神教日本は注目の的だったのではと。スピノザの書いているのはもう一カ所有るようです。5章と16章だと聞いています。スピノザと日本の関係に関する論文は是非見てお教えいただければ幸いです。よろしくお願いします。
歴史の陰 (paul-ailleurs)2008-02-29 04:50:08
スピノザとレーウェンフーク、フェルメールとレンブラントと不思議な繋がりをご紹介いただきありがとうございます。スピノザの本には先日AVFPで紹介した論文に16章のことも書かれてありましたが、その部分を実際に読んでいないので割愛しました。彼が日本人に興味を持ったのは、中国人と同様にその政治体制からであるという記述が論文には見られました。神即自然、彼の根本のところが中国や日本と関連があるのでもっと何かがありそうに見えてきますが。これからも注目していきたいと思います。
フランス関係も有りました (山石水皮)2008-03-02 10:21:21
先日の中で忘れていました。多分今フランスに居られるのでしょうか、フランスについてもありました。聞くところでは、ディドロなどが百科全書などで、ルイ14世は肉料理の隠し味に醤油を使っていたといいます。それも中国のものより日本の方が味がいいなどと云っていたようです。また「日本の哲学」という項目があるようです。もちろん醤油はオランダがスピノザ当時から輸入してヨーロッパ中に売り、評判になったようです。醤油をまねて作ってみたが醤油豆(ソーイビーンズ 大豆) が無かったのでウスターソースができたとか?などとも聞いています。興味を持っていただければ幸いです。
ディドロと日本 (paul-ailleurs)2008-03-02 19:07:04
再び、興味深いお話をありがとうございます。ディドロという人物に興味があり、avfp の顔にもなっております。百科全書についてはまだ読むところまでは行っておりませんが、今回その中に「日本の哲学」という項があるとのことで早速当ってみましたところ、ご指摘の通り、私が予想していたよりは遥かに詳しい内容のものが見つかりました。余裕があれば、またavfpの方に記事を書くことになるかもしれませんが、その節はよろしくお願いいたします。
知りたい他のはなし (山石水皮)2008-03-05 06:35:00
突然ですが、話変わりまして。多分興味の他とは思いますが、ロココについてです。マイセンで柿右衛門が写しを作られ(金と同じ価値だったとか)、日本宮を作り、柿右衛門磁器がヨーロッパ中に広まり、ロココは柿右衛門の模様 非対称の美がモチーフになったということです。ポンパドゥルのことですが、セーブルでは柿右衛門写しを作っていると聞きます。美術館などで見てみてください。
セーブル (paul-ailleurs)2008-03-05 07:43:31
新たに典雅な世界をご紹介いただきありがとうございます。陶器はこれまでも見ていますが、私の中には余り入ってこない部類に属しています。今回、柿右衛門との関係で情報をいただき、セーブルの美術館もパリ近郊にあるようですので頭の隅に入れておきたいと思います。
(註)お薦めをいただいてから、何と2年以上経ってから美術館を訪問する機会があった。ただ、柿右衛門には目が行っていなかったようだ。
セーヴルで陶磁器を味わう、そして井上靖へ (2010-9-7)
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三代に亘るブログの間を行き来する試み。
過去の営みが眠りから覚め、今に蘇る感覚もなかなかよい。
また味わってみたいものである。