vendredi 7 février 2014

今朝のパリの空


今朝のパリの空

久し振りにバルコンに座り、雲の流れを眺める

今日は西から東に早足で流れていた

青空が少しでも顔を見せてくれると元気が出てくる



暫くすると、この空である

雲は一体どこかに飛んで行ったのだろうか

やっとパリらしい天候が戻ってきてくれた

そんな印象である


この空はこれからにどんな影響を及ぼしてくれるのだろうか

よく観察すると、一日は起伏に富む長い流れであることがわかる

そんな実感が湧いている今日この頃でもある




dimanche 2 février 2014

会心の月、久しぶり


昨日の夕方の帰り道

「今日の空は青が深いなぁー」 と思いながら歩いていた

そして暫くすると、この景色が現れた

 誰かが用意してくれていたような感じだ






samedi 1 février 2014

これまでのブログは 「純粋経験」 の貯蔵庫か


昨日のこと

九州大学の先生から Paul Paris 様宛にメールが届いた

来月開く予定のシンポジウムのポスターに、前ブログにある写真を使いたいとのことで驚く

それは、もう3年半前に帰国した折に撮ったCarl Milles(1875-1955)作の「神の手」であった

改めて記事を見直していると、あの一日が鮮明に蘇ってくる

この作品は九州大学にもあるはずだが、どうしてもブログの写真を使いたいという

メールにはその写真が全面を占める試作ポスターが添付されていた
 
 このような形で過去が蘇り、それを多くの方と共有できるようになるとは想像もしていなかった

誠に嬉しいお便りであった


その後、当時の他の記事にも目をやってみた

見れば思い出すが、普段は記憶の底に沈んでいたものばかりである

昔のものを読んでいる時、こんな考えが巡っていた

西田幾多郎が 『善の研究』 で論じている中心概念に 「純粋経験」 がある

詳しく読んでいるわけではないが、現段階でのわたしなりの解釈は次のようになる

この世界に生きている大人のわれわれは、主観と客観、主体と客体の区別をつけて世界と対峙している

 世界を見ている自分と対象としての世界がはっきり分かれている

分けて見るようになっている

対象をどう見るのかは、その時の判断に掛かってくる

それは視点や視野が限定されている可能性が高いからだ


しかし、この区別ができる前、あるいは区別を付けずに世界に対した時はどうなるだろうか

その時は、判断することなしにその中に入り、そのすべてを受け入れることができるのではないだろうか

そのようにして得たものは 「純粋経験」 と言ってよいのだろう

対象の全体を自分の中に取り込んでしまう
 
主体による先入見やフィルターなしに、あるがままを受け入れる

さらに言えば、そのものと一体になるという感覚だろうか

この場合、そこで得られた経験は色付けされない生の形でわれわれの中に残ることになる

そのため、それをどう見るのかは後で如何様にもなる

ある意味では、無限の意味を秘めた原材料がそこに残ることになる

それが純粋であるとすれば、無駄な経験などないことになる

「純粋経験」 なしに、この世界の理解には至らないということでもある


 翻って、これまでのブログに残されたものについて考えてみる

わたしが世界と対する時、「純粋経験」 が可能になる状態に近いところにいるように見える

それは意識していたというよりは、この概念に触れて振り返ってみるとそうであったということである

その内的状態のまま世界に身を投げ出すという感覚がある

まず写真だが、ほとんどの場合、自分を取り巻く世界を留めるために選択せずに撮っている

文章にしてもその時の判断はあるだろうが、世界の全体の反映である心象風景が残るようにしている

 このように見て行くと、これまでのブログが 「純粋経験」 の倉庫のように見えてくるから不思議だ

同様のことが、今その中を歩いているメモについても言えるだろう

解釈し再解釈することを繰り返す中から、将来何が飛び出すのかわからない楽しみを秘めた倉庫でもある


思わぬメールから思わぬリフレクションが羽ばたいたパリの週末である







vendredi 31 janvier 2014

久し振りのパリの空、そして寝る前の本の意外な効果


今朝、久し振りにバルコンに出る
 
やっと求めていたパリの空が戻ってきてくれた

一月振りくらいではないだろうか

ということは、もう最初の月が終わるということ

去年よりは少しだけゆっくり時が流れている感じがする


昨夜、寝る前に本業とは関係のない本を読んでいた

今朝、それが本業と絡み合い、ぼんやりとした塊になった状態で目が覚めた

以前から、寝る前に読む本には意外な効果があるのではないかという感触を持っていた

それを裏付ける目覚めであった

早速、その塊を解き解したところである

新しい姿になるにはまだまだ練り直しが必要だが、少しだけ気分が高揚してきた

これも久し振りのことだ




mercredi 29 janvier 2014

少し落ち着き過ぎでは?


今日も相変わらずの曇り時々雨である

この時期はこんな空模様だっただろうか

コルシカの空が懐かしい


最近、確かに落ち着いた心境になりつつある

5年に亘る飛行から着陸に向かうのに1年、着陸してから落ち着くまでに1年を要したことになる

そうなったらなったで、どこか物足りなさを感じるから不思議だ

あのカオスの中にどっぷり浸かりながら飛んでいた時の方が、心躍るところがあったように見えるからだ

人の心は扱い難い




mardi 28 janvier 2014

2カ月遅れで工事終了


昨年の11月で終わるはずのアパルトマンの外装工事がやっと終わりを迎えた

2カ月の遅れだが、ここはフランス

大きな驚きはない

11月にマンハッタンで見た工事現場を思い出せば、その活気は全く違った

しかし、どうだろう

我が仕事振りに比ぶれば、彼らの仕事は称賛に値するのではないか


いずれにせよ、やっと外に人の気配を感じることなく、障害物なしで空を眺めることができるようになった

問題は、今年に入って快晴となった日を覚えていないくらい曇りと雨が続き、終わりそうにないことだ






mercredi 22 janvier 2014

エヴァ・ヤブロンカさんのセミナーを聴く

Prof. Eva Jablonka (Tel Aviv University)


昨日は夜の8時半から始まるエヴァ・ヤブロンカさんのセミナーを聴くため大学へ向かう

もう4年半ほど前になる

イスラエルで開かれたラマルクとイギリスのケンブリッジであったダーウィンに関する会でお会いした

そのことを今年最初のエッセイに書いたところだったので、何というタイミングかという思いで案内を受け取った

「後世はラマルクの復讐をしたのか、そして初めてのイスラエル」
医学のあゆみ (2014.1.11) 248: 174-178, 2014

興味をお持ちの方はご一読、ご批判いただければ幸いである


セミナーのタイトルは、「文化の生物学」

最近、エピジェネティクスというDNAの断片(所謂、遺伝子)に因らない遺伝が話題になっている

お話は、生物学に始まり、同様のことが文化の伝承においても起こっているという流れであった

彼女と共同研究者のマリオン・ラム博士による先駆的な著作 Four Dimensions in Evolution (MIT Press)に詳しい

タイトルにある4次元とは、遺伝子、細胞、行動、文化のレベルを指している

昔から 'nature or nurture' と言われ、われわれの今を決めているのは遺伝子か環境かという問いがある

日本でも 「氏か育ちか」という言葉があるが、これまでの生物学ではすべて氏が決めているとされてきた

しかし、育ちも無視できないという成果が出始めている

一卵性双生児でも時間が経つと、外からわかる変化があることは観察されていた

さらに、両者の差異は細胞内でも観察されることが明らかになってきた

エヴァさんは、このエピジェネティクスを文化のレベルにまで広げようとしている

どんな環境にいるのか、どんな人と出会うのかで脳の構造が変わる

教育における含みも大きく、われわれをオプティミスティックにしてくれる

逆の見方をすれば、劣悪な環境にいる人たちの状況が将来どのような結果を齎すのかにも思いが至る

実際、そのような例が第二次大戦中にナチに占領されたオランダの飢餓状態で見られた

その状態を経験した母親から生まれた子は、後に統合失調症になる頻度が高かったという

 母親のいた環境が子供に影響を与えていることを示唆する結果である


これまで精子や卵子は代を超えてDNAを運ぶものだと考えられてきた

しかし、上の結果は生殖細胞にはDNAの他に環境から受けた情報も含まれていなければならないことを示唆している

どのようなメカニズムで起こっているのかは明らかではないが、その昔葬り去られたパンゲン説を彷彿とさせる

体細胞が受け取った情報がジェミュールという粒子に蓄積され、それが生殖細胞に運ばれる

ラマルクが19世紀初めに提唱した獲得形質の遺伝のメカニズムを説明する説とも言える

ダーウィンが1868年に提唱した考えである

こちらについても一昨年のエッセイで触れている

ダーウィンのパンゲン説,あるいは科学が求める説明
医学のあゆみ 243 (10): 929-933, 2012
 
 歴史の畝りが見えるようだ


ところで、このセミナーは英語で行われた

しかし、スライドは世話人(写真左)が作り直したフランス語版になっていた

エヴァさんの横で自分のパソコンからスライドを進めていた

 ディスカッションも会場からの「フランス語で!」という声で、フランス語で行われた

ある意味では、演者そっちのけで議論が進むことになる

このようなことは日本では考えられないだろう

 丁重で柔らかな雰囲気の中で進むのだが、そこに文化的な誇りのようなものを見るのは感じ過ぎだろうか

さらに言えば、英語しか受け付けないというもう一方のアロガンスに繋がるようにも見える


ディスカッションが長くなりそうだったので、11時前に失礼した

ところが、外に繋がる扉がすべて閉まっている

しばらく歩き回っているとガードマンと思しき人の影が見えた

近寄って出口を訊くと、これまでどこにいたのかという

厳しい警備だが、この程度は当たり前なのだろう

その問いに答えて、無事外に出ることができた




samedi 18 janvier 2014

ドイツの百科全書派 ヨハン・セバスティャン・バッハ


昨夜、15年ほど前に買った本が目に入ってきた

ヴェルナー・フェーリクス著 『バッハ: 作品と生涯』 (講談社学術文庫、1999)

丁度、ヤノーシュ・シュタルケル(1924-2013)の無伴奏チェロ組曲を聴いているところだった

ぱらぱらとやっていると、「百科全書的志向」 という章が目に付き、その中に入る


啓蒙思想の18世紀

そこでは、百科全書的志向に根ざす人生態度や社会的営みが際立つ意義を持っていた

自己と世界の本質についての開化、知性の開発、理性の行使による知識の普及

そこに、自分の責任で招いた未成熟の迷蒙状態からの脱却を実現する道を見出そうとするものであった

啓蒙思想のルーツは、ルネサンスの人文主義と宗教改革、そして17世紀の理性主義、デカルトとスピノザの哲学であった

それは、知性の力であるラツィオ(ratio)の鍛錬と行使により、哲学体系の構築を目指す哲学である


ヨハン・セバスティャン・バッハ(1685-1750)は、理論的な著作や教科書は書いていない

ただ、彼は自分にとって重要な知識や情報を吸収する意欲と勤勉さを失うことはなかった

音楽についてのあらゆる面をマスターし、作曲に当たってはそのすべての領域を渉猟し、探索した

絶えず新しいジャンルを自家薬籠中のものとし、新境地の開拓に進む

一見相容れない形式を結合し、統合するやり方も思いつきなどではなく、一つのプランを追求した成果であった

ありとあらゆる可能性を探求、実験、動員して、新しい質が見つかるまで刻苦勉励したのである


普遍的な音楽が開花した背景には、ルター派の信仰、キリスト教的エートス、市民社会的思考の融合があった

宗教への帰依と啓蒙主義的世界観とは強く結びつき、両者が対立することはなかった

プロテスタント信徒は、 ラツィオ(ratio)とレリギオ(religio)、理と信をともに重視し、結びつけていた

個人の良心の問題と新しい知の開拓に向けての留まるところを知らない意欲がバッハの中でも結びついていた

ただ、バッハの中には哲学的な素養はなかったという

彼は感じたすべてを音楽の言葉として表現したのである






jeudi 16 janvier 2014

この心境、本物か


2014年に入り、2週間

大きな心の変化が見える

新しい分野に入り、6年余りの受容一筋の生活

それが余りにも快適で、そこから抜け出るのは不可能だった

しかし、今年は少し違うようだ

これまでの蓄積から私なりに何が言えるのか

それを新しい分野の中で問い掛けてみたい

そんな積極的な気持ちが見える

これまであれだけ苦労してそこに入りたいと思っていた心境である

この心境、本物だろうか





dimanche 12 janvier 2014

連載エッセイ第12回 「初めて知る 『世界哲学デー』 で哲学教育を考える」


雑誌 「医学のあゆみ」 に連載中の 「パリから見えるこの世界」 の第12回エッセイを紹介いたします

« Un regard de Paris sur ce monde » 


医学のあゆみ(2013.1.12) 244 (2): 196-199, 2013


 ご一読、ご批判いただければ幸いです







jeudi 9 janvier 2014

過去を掘り起し、味わい直す時に巡る想い


7年目に入り、「いま・ここ」 にあるものに対する意欲が少なくなり、振り返る余裕が出ている

動き回り、目に触れるものをとにかく取り入れたいという欲求が少なくなっているのがわかる

謂わば、すべてが日常に落ち着き始めているということになるのだろうか

この機会に、2008年からのメモを読み直し、具体的に掘り起こす作業を始めることにした

これまではそんな余裕はなく、吸収に忙しかったことになる


これまでの6年余りの時間を味わい直す試み

ひょっとすると、それに要する時間は実際の時間と同じくらいになるのかもしれない

しかし、それは 「いま・ここ」 を追い求め続けた場合と同じかそれ以上のものを齎してくれそうな予感がする

それにしても、これまでの時間を意識的に振り返る時、想像以上の時が経過していることに驚く

普段の意識では、時の流れは全く感じないのだが、、、




もう4年ほど前に前ブログで取り上げた歌がある

ちあきなおみ 「祭りの花を買いに行く」 (2010-02-11)

今回、作者友川カズキ氏の歌を聴いてみた

あっさりしていて、拍子抜けする





vendredi 3 janvier 2014

パスカル・パオリとともにパリに戻る


行きが嘘のような静かな飛行を終え、パリに戻った

すでに素晴らしい景色と親しみやすい人々を懐かしく思い出している


ボニファシオからフィガリ空港までのタクシーの中、運転手が日本人か?と声を掛けてきた

 そうだと答えると、パリに住んでいてボニファシオに家を持っているバイオリニストを教えてくれた

そう言えば、前日もボニファシオに住む日本人パティシエを知っているという人がいた

この町にも日本人が暮らしている

よく考えれば不思議でもない話だが、少し驚いていた


 それから、パスカル・パオリ(Pascal Paoli, 1725-1807)を知っているか、と訊いてきた

その音はどこかで聞いたことがあるが、すぐに出てこない

そう答えると、コルシカの独立運動の指導者パスカル・パオリと民主主義を熱く語り始めた

こちらを見ながらなので、危なくて仕様がない


そして、景色の良いところに来ると、降りてこの景色を味わおうと言う

おまけに、客の記念写真まで撮ってくれる

もう一度来るとしたら、どこがお勧めか訊いてみた

アジャクシオは都会過ぎるので、お勧めはパオリ時代のコルシカの首都ポルテだという

山の中で、コルシカ大学がそこにあるらしい


空港に着くと、付いて来いと言って空港内の店に入る

何をするのかと思ったところ、パオリと独立運動の本をプレゼントしたいというのだ

残念ながらその本はなかったが、熱い人だった


帰ってからパオリについて調べてみた

やはり、すでに聞いた名前であった

もう6年半前になるが、前ブログで取り上げていたのだ

その時の世界が開けたような感じが蘇ってきた

それだけではなく、コルシカ大学の学生にフランス語を習っていたことも思い出した

そこからパスカル・パオリに繋がっていたのである

Les fantômes de Goya ― Pascal Paoli ― Ulrich Mühe (2007-07-27)

全く初めての島ではなかったことになる










mercredi 1 janvier 2014

2014年元旦の想い



2014年が明けた

新年最初の仕事は、エッセイの仕上げであった

対象をできるだけ広い視界の中に置き直して考えてみる

それがうまく行くのが、なぜかこちらのカフェである

あるいは、こちらのカフェでその感覚が芽生えてきたとも言える

元旦から開けている奇特なカフェでの初仕事であった
 

その様子を例えると、こうなるだろう

手におもちゃ箱を持っている

それをひっくり返すと、おもちゃは床に散らばる

その様子をフィルムに収め、それを逆回しにする

そのあたりに散らばっていたものが一瞬にして一つのところに収まる

それが「こと」が纏まる最後の瞬間になる

この瞬間を味わうために毎月を過ごしていると言えば大袈裟だろうか


この譬えは、前ブログでも使ったことがある

その時は、望ましい人生最後の瞬間をイメージしたのではなかったかと思う

この世界を理解するためには、上で言うおもちゃをできるだけ沢山持っていることが大切になる

それを安易に纏めることなく、そのあたりに散らかったままにしておく

そして、最後の最後にそれらのすべてを掻き集める

そんなイメージであった


一晩寝て新しい年になったからと言って、特別の期待はない

今年もこれまで通り僅かばかりの悩みを抱えながら歩むことになるのだろう

一仕事終わった後、お気に入りの場所になった入り江を散策

平穏な元旦の昼下がりである








mardi 31 décembre 2013

年の終わりに


遂に今年も最後の一日になった

振り返ってみると、トゥールで今年を始めたが、その後も結構移動していたことがわかる

日本には二度帰り、フランス国内ではボルドー、モンペリエ、ロスコフ、リール、コルシカ、さらにニューヨークが加わった

これは仮定にしか過ぎないが、日本にいたとしたならば、これ程動いていないのではないか

いずれにせよ、これらの旅が多くのものを齎してくれたことは間違いない


今年の初め、学生としての仕事をそろそろ始めてはどうか、という考えが浮かんだ

しかし、結局その中に入ることはできなかった

まだ時期尚早と思ったのか

昔の人のやり方だという自分の総決算を纏めるという考えがどこかにあるのか

「今の時点での」総決算として纏める、と考え直すと様子が変わってくるのかもしれない

新しい年がどのような心境の中で動くのか

それは明けてみないとわからない



昨日の朝、海に出る前に出会ったボニファシオの風景を二つほど



実は前日も同じ場所で撮ったのだが、風が強く波の音は掻き消されていた

改めて、城塞下の展望台から地中海の波の音を



教会の鐘が鳴り出したので行ってみると、人の列が目に付いた

丁度、葬儀が終わったところのようだ

コミュニティが自然な形でまだ生きているという印象がある




今年はいろいろな問題が噴出した年のように見える

新しい年はどのようなものになるのか

あるいは、どのようなものにするのか

 入り江の落ち着きの中で考えるところから始め、外海に漕ぎ出すところまで行きたいものである


Bonnes fêtes de fin d'année et une merveilleuse nouvelle année !






lundi 30 décembre 2013

コルシカの海に出る


今日は晴れ渡り、風がない

コルシカ島南の目と鼻の先にはサルデーニャ島がある

ボニファシオ海峡Bouches de Bonifacio)を隔てて、 フランスとイタリアが面と向かい合っている

ここに来るまで、知らなかった

日本がどこにあるのか知らない人を責めることなど、とてもできない

ウィキによれば、その距離僅か11㎞

西がサルデーニャ海で、東がティレニア海となる

ボニファシオ海峡は、風が強くなると危険な海峡として有名とのこと


実は二日前、港で声を掛けられた

クルーズに出ませんか、というのだ

快晴で波も静かだったので迷ったが、いずれ、ということにした

昨日も港に行ってみたが、外海が荒れているので運休だという

そして今日、再び港に向かう

昨日は手で波打つジェスチャーをしていた受付嬢も、今日は大丈夫と言う

1時間ほどの船旅に出ることにした




入り江のあたりは問題ないが、外海に出ると想像していた以上に揺れる

特に、洞窟(grotte)の入り口あたりは波が乱れ、大揺れ

船長の、まだ酔った人はいませんか、というアナウンスも聞こえる

しかし、最後にこれまでで最高とも言えるボニファシオの町を観ることができた


 
港に着くと、船長が "Nous sommes sauvés !" (助かった)と冗談を飛ばしていた

 ホテルに戻り暫くすると、雷鳴り止まず、雨が降り出した

天候が変わりやすい土地のようだ

まさに、 "Nous sommes sauvés !" である




dimanche 29 décembre 2013

ボニファシオ遠望


今日は曇りで風が強い

海に出ることを諦める

午前中、空いているカフェで仕事を済ませ、すっきりする

それから何気なく歩いていると、以前に来た展望台に出た

そこから岬に目をやると灯台が見える



時間があり、雨は降らないだろうとの予報を思い出し、そちらの方向に歩き始めた

 風が吹き付ける中、石を敷き詰めた道を只管歩く

人は殆ど歩いていない

1時間ほどすると灯台が近くに見えるようになる

この辺りで引き返すことにした



 2時間弱のランドネとなった

戻ってきた時、波に洗われた崖の上にある城塞都市ボニファシオを遠望する




samedi 28 décembre 2013

意図と解釈



画面で場所を選びクリックする

そうすれば、後は体がそれに従って動くだけ

そして、全く違う空間に身を置くことになる

意識しないと、今どこにいるのかわからなくなる

この感覚は実に不思議である



それで世界が本当に広がっているのか、自分の居る世界は全く変わっていないではないか

譬えそうだとしても、この感覚器から入ってくる情報は確かに蓄積されている

解析や解釈は後から付いてくる

そう考えると、どんな意図でそれをやったのかは余り重要ではなくなる

まず、やることに意味にあるということになる

今は蓄積することが重要なのである





ボニファシオ3日目


コルシカも3日目を迎えた

今日も青空が見え、気温も15℃を超えている

昨日とは違う道を通って、ボニファシオを味わい直すことにした



 下りる途中に記念碑と思われる彫刻が見えたので、録画ボタンを押す

 過酷な戦いだった第一次大戦の犠牲者を慰霊する碑であった

入り江を見渡すと、今日も peaceful だ

 湾のあたりを散策

 開いているカフェがあったのでそこで読んでいると、教会の鐘が鳴りだした

今回は比較的早い反応であった



 1時間ほど休んだ後、急な壁を一気に登る階段を通って帰ってきた

記録のために、エスプレッソとパン・オ・ショコラで 2.50 €とお安かった



城塞内の町の開いているカフェは満員

冬の日を浴びての食事は気持ちよさそうである

彼らは外気がお好きのようだ



来る前にぼんやり抱いていたコルシカ島のイメージがあった

しかし実際に来てみると、それが余りにも広がりのないものであることがわかる

今、イタリアに近い地中海の島にいることを意識すると、世界の見え方が変わってくる


以前、コルシカ島を拠点に活動している日本人画家のことを聞いたことがある

調べたところ、松井守男(1942-)という方になるのだろう

今は日本に拠点を移しているようだ









vendredi 27 décembre 2013

ボニファシオ散策


 昨日とは打って変わっての空模様で、朝から気分が晴れる

ホテルは城塞の中の高いところにあり、入り江が見える

昨日、嵐の中バスで来たことを考えるとゾッとする

それはよかったのだが、部屋の暖房をオンにできず、壊れているものと諦め、一晩中震えていた

夜7時過ぎるとサービスがなくなるというホテル

それは、普通の家に泊まっているという感覚を呼び起こしてくれるのだが、こういう時は困る

今朝、ホテルの人に来てもらってわかったこと

それは、やり方が逆で、その上オンになっても暫く待たなければならない代物だったのである

見たことのないものに対する時は、彼らのようにいろいろ試してみる執拗さが必要だろう


今日は城塞の町ボニファシオ(Bonifacio)を4時間ほど散策

上り下りがあるので体にはよい

 

 まず、インフォメーション・センター(Office de tourisme)へ

コルシカの歌(Chants polyphoniques)のコンサートの予定を訊いてみた

予想はしていたが、今の時期は何もやっていない

最悪の時期ですね、とのこと

最良は春のようだ

眺めをいくつか




 下まで下り、入り江の奥の方にしばらく歩く

店はほとんど閉まっていたが、スーパーとプレスが開いていたので覗く

興味深い雑誌があった





入り江奥の港の中心まで来たところで、再び上ってホテルに戻ることにした

この城塞が見えたので、上まで行ってみることに



その途中、外海になる地中海の素晴らしい景色が開けた

太陽が眩しく、その光の中に完全に包まれ、自分の体が消えるような感覚が襲う



一番上に行ってから、録画ボタンを押してみた

波の音が聞こえるだろうか



城塞を出て街並みが開けたところで、「ボナパルトの家」という看板が見える

探していたわけではないが、現れてくれた

これはナポレオン(1769-1821)が1793年1月から3月まで滞在した家とされている

生家は首都のアジャクシオ(Ajaccio)にあるようだ



さらに街中を進むと、聖ドミニク教会の案内が現れる




最初に出来たのは13世紀とのこと

教会前の廃屋になった宿舎では展覧会が開かれていて、疲れが飛ぶ




教会前の小さな広場にはこの像が

 

19世紀末から20世紀初めにかけてアルジェリアで犠牲になった外人部隊兵士の慰霊碑であった

作者は、Robert Delandre (1879-1961)



 最悪の時期とのことだったが、わたしにとっては最良の時期に当たったようである





jeudi 26 décembre 2013

いやはやのスタート


夕方、ニースからエア・コルシカに乗り換えてコルシカ島にやっと着いた

ニース空港で着陸に問題があるかもしれないとのアナウンスがある

嵐のため風が強いようだ

島に近づいても操縦室から若い声で同じアナウンスが聞こえる

どうするのかと思っていたら、少し誇張して言うと 「これから突っ込みます」

雲は最近見たことのないほどどす黒く、気持ち悪い

確かに、軽い酔いを感じるくらい上下左右に揺れる

しかし、最後は音もなく着陸してくれた

その瞬間、機内に大きな拍手と歓声が起こる

こんな飛行は久し振りである


コルシカ島南のフィガリ(Figari)空港でタラップから降りると、雨と風

バスで移動しようと思っていたが、タクシーに変更

運転手によると、昨日は暴風雨のためニースからの飛行機は運休だったとのこと

いやはや、大変な時に来てしまった