mardi 30 avril 2013

マスターでの緊張感、そしてすべての音が音楽


昨日は大学に用事があり、朝から出掛ける

近くパリで開かれる会議の様式についての相談であった

このような会をこちらではアトリエという

同僚の学生と教師が一緒になったこのような場に身を置くのは、ドクターに入ってから初めてではないだろうか

庵に身を潜める老人ではなく、自分が学生という立場にあることを思い出す

終わった後、久しぶりにリュクセンブール公園周辺を散策

マスターの時には毎日のように歩いたところで、当時の張りつめた気持ちが蘇る

リブレリーを数軒はしごした後、カフェで少しだけ読む



今日は曇りのち雨

今日も用事があり、街に出る

その後、研究所へ

歩き疲れたのか、仕事に向かう気分にはならず

資料を集めて帰ってきた



先日、こんなことがあった

その日、横になりながらヴィヴァルディを聴いていた

目新しいアレンジだなあ、と思っていたところ、次第にリズムがずれ始めて、やっと気付いた

向かいのビルの工事現場からの音が最初はぴったり重り合っていたのだ

そういうこともすぐには気付かなくなっているこの頃である

所詮、人間の感覚など、その程度の信頼性しかないと思えば何ら問題はない

むしろ、すべてを一体のものとして受け取れるようになっていると考え直せば、よいことなのかもしれない




dimanche 28 avril 2013

知ることと理解することの間にあるもの


先週は20度を超す日もあったが、冷え込む週末になっている

金曜からハンナ・アーレントさんの映画、ドキュメンタリー、インタビューのシャワーを浴びている

それを見ながら、こちらに来る前の内的状態を思い出していた

 当時、これから望むことを、頭の中を整理したい、という言葉で表現していた

今回、アーレントさんの言葉の中に、理解する(verstehen; comprendre)、というのがあったが、それと重なったのである

乱雑に事実だけが並べられている頭の中に一つの秩序を与えたいと考えていたのだろう

そのためには、考える(denken; réfléchir)作業が不可欠になる

当時、このことを意識できていたわけではないが、この5年余りでそれがわかるようになっている


アーレントさんは、マールブルクでハイデッガーから考えることを学んだという

さらに、ハイデルベルクに移り、ヤスパースから出る言葉から理性の何たるかを知ることになる

言葉によって、それまで暗闇にあったものに光が当たるという感覚を経験したようだ


知ることと理解することとの間には大きな溝がある

その間に考えるという精神運動が入るからである

以前に読んだ日本学術会議による科学の定義は、知ることとなっていた

科学に留まっていたのでは、理解するところまでは至らないのである

ハイデッガーの言う考える作業が抜けているからである

如何に考えるかを教えるのが、哲学ではなかったのか

哲学の復権なくして、この世界を理解できるのだろうか


 日本の教育は知ることに重点が置かれているように見える

最近の記事でもこの問題を指摘した


確かに、知ることは重要である

ただ、そこで終わるのではなく、そこから始まるということである

その先にあるのが考えるという作業である


以前のエッセイで、教育のあるべき姿について、こんなことを書いたことがある

行動の基に哲学的思索を置き,その哲学を生きること

 そのことにより、自らだけではなく世界を変容させることができること

それを次世代に伝えること

図らずも、考えることを教えること抜きに教育はあり得ないと捉えていたことがわかる

それをどう実現するのか

その解に至るにも考える作業を欠かすことができない



この週末はアーレント・ウィークエンドになったようだ




samedi 27 avril 2013

ハンナ・アーレントさんの人生と思索の跡を観る



昨日の余韻なのはまちがいないだろう

アーレントさんのドキュメンタリーで時間を過ごす










vendredi 26 avril 2013

映画 "Hannah Arendt" を観る


ドイツ出身でアメリカで活躍した哲学者にハンナ・アーレントHannah Arendt, 1906-1975)さんがいる

 前ブログで何度か取り上げたことがある

ハンナ・アーレント 「精神の生活」 La Vie de l'esprit - Hannah Arendt (2008-12-07)
ハンナ・アーレントの墓 La Tombe d'Hannah Arendt (2010-02-15)
瞑想生活のある社会 La société avec la vie contemplative (2011-01-14)

先日のメトロで、冒頭のポスターが目に入った

バルバラ・スコヴァBarbara Sukowa, 1950-)さん主演

マルガレーテ・フォン・トロッタMargarethe von Trotta, 1942-)監督の手になる映画である

Hannah Arendt (2012)
オフィシャルサイト(ドイツ語)




夜、シネマに向かう

意外にお客さんが多い

アイヒマン裁判をカバーした New Yorker の記事とその反響が中心であった

この裁判については同時進行で新聞やテレビで触れた程度だった思う

この映画では生々しい映像が組み込まれていて、新鮮であった

アイヒマンは優秀な官僚のように、しっかりとした口調で自らの考えを主張していた

戦争という状況で、仕事として粛々と命令に従っただけである

命令に逆らったとしても大海の一滴にしか過ぎないと考えていた他の人と同じことをしただけである


そこには犯罪を犯そうという意志はない

そこに悪魔的なものを見ることもない

犯罪者のいない犯罪だとアーレントさんは考える

アイヒマンに欠けていたのは考えることだったとアーレントさんは診断する

師のハイデッガーが言ったように、考えること(réflexion と訳されていた)は孤独な作業である

それは自分との対話なしには成立しない

そして、アイヒマンに協力したユダヤ人指導者がいたことにも触れる

これが多くのユダヤ人の反発を買う

また、アイヒマンをモンスターと見ないことにも非難が起こる

しかし、彼女はまず理解することが大切だと説く

それなしに人を非難し、貶めることは character assassination だ!と声を荒げる


確かに、当時は扇情的で断定的な報道の中にいたように記憶している

今その映像を観てみると、記憶に残っていたものとは違う像が結ばれてくる

アーレントさんの分析は冷静だったように見えてくる

ある状況に入った時、その枠の中で行動するだけでよいのか
 
それは彼女の言う考えていることにはならない

 あるいは、どこかに絶対的な規範を求め、それに基づいて判断する必要があるのか

そのために求められる考える作業が容易でないことは、自らを省みればよくわかる




多くのことを考えさせられる時間となった




mercredi 24 avril 2013

「曖昧さに耐えること」 再び、あるいはネガティブ・ケイパビリティ


昨年9月、神経心理学会で教育講演をする機会に恵まれた

このようなことが起こると、人生がどのように転ぶのか予想などできないことがわかる

学会ではいろいろなことを学ぶことができたが、その一つにネガティブ・ケイパビリティがある

 イギリスの詩人ジョン・キーツJohn Keats, 1795-1821)が最初に使ったとされる negative capability である

わずか25歳でこの世を去った若者の言葉である

いろいろな解釈がありそうだが、不確実、不思議、未解決の状態を受容する能力とされている

何だかわからない不安定な状態に居続ける能力である

これは科学で求められる能力とは対極にあり、哲学者に求められる能力のようにも見える

 キーツはこの能力が芸術家、特に詩人に必要だと言っている

この世界の現象、人間の営みを一つの理論や概念に置き換えようとするのではなく、そのまま受け入れる柔軟性

即効性のある解を得て安心するのではなく、様子の見えない霧の中で耐える能力


この能力、以前に問題にした「先送り」とどこかで繋がっているようでもある

 「先送り」 再考 (2006-05-05)
「先送り」再々考 (2007-09-24)

キーツはシェークスピアに並外れたものを見ていたようだが、モンテーニュが持ち続けた能力とも通じる

モンテーニュ I-VIII (2007-09-15~2007-09-23)

そう言えば、エドガール・モランさんも対談『危機の時代にどう生きるか』の中でそんなことを語っていた



ウィキによれば、日本語訳として「消極的能力」、「消極的受容力」、「否定的能力」などがあるという

このいずれもが的を外しているのではないだろうか



Life mask of Keats by Benjamin Haydon, 1816




lundi 22 avril 2013

クリスマス・ソングを聴きながら


新しい週がまた始まってしまった

無為の日々が続いている

朝は快晴だったが、午後からは青空が見えなくなった

ネットを歩き回っている時、音楽チャネルに行き当たった

そこで何気なく入ったクリスマス・ソング

そんなところがあるとは想像もしていなかった

一つのジャンルと考えれば何の不思議もないのだが、、、


それはともかく、季節外れのその世界が何とも心地よいのだ

その季節になってもこれほどまでには聴いたことはないのではないか

そこに身を任せていると、何かをやり遂げて一年が終わったような錯覚に陥る

穏やかな気分になり、やる気が湧いてこない

そこが気に入っているということなのだろうか

どうも仕事には向かいたくないという心がそこに隠されているようだ





dimanche 21 avril 2013

ループ状に抜け落ちた記憶


今日は久しぶりの快晴

気持ちよくバルコンでの時を過ごす

こういう日はわたしの言うメディタシオンに向いている

世にいう無の状態を作り出そうと努める必要などない

何も考えずに、ただ太陽に身を晒すだけでよいのだ

 そうすると、動き回っている時には気付かないものが、どこからともなく浮かび上がってくる

それを捉まえ、時に繋ぎ合わせればよいのである

実に多くのものが眠っていることに気付く

それだけでよいのだ


以前に触れたように、先日の日本で「教養としての留学」という対談をやった

ところが、そこで何を話したのか、全く思い出さないのだ

その状態がこんなイメージとして浮かんできた

 時の流れがあるのかどうかわからない

仮に、過去から未来に向かって流れているとしよう

それが一つの紐として現れた

それが途中でループを作るようにして外に出ている

そのポリープ状になった根のところで紐が切り取られてしまっている

 このようなことはわれわれの遺伝子もやっているので、そこからの連想だったのだろうか

その部分は今では風船になってどこかに飛んで行ってしまったように見える

そんなイメージの対談の時間なのである


それでは、なぜ思い出せないのか

ひとつには、その問題について考えたことがなかったからではないか

自分の中に蓄積がないまま、問いに合わせてその場で考えを紡いでいたからではないのか

それと、問いの繋がりがわたしのものではないので、これも残りようがない

 記憶全般の衰えと見ることもできるだろう

 しかし、すっぽりと抜け落ちた記憶というのは、このところ経験したことがない

それだけに、何を言っていたのか、自分でも興味が湧いている

おそらく、その言葉を他人のものとして読むことになるような予感がする





vendredi 19 avril 2013

消えているフランス映画に覚えた違和感


先日のこと

日本最後の会食で話題になったジャコメッティ(Alberto Giacometti, 1901-1966)の映像を観ていた

白黒のインタビューである

そして、インタビュアーの問いかけが始まった時、ある変化が起こった

こちらに来る数年前からフランス映画を意識的に観るようになって覚えた違和感を思い出したのである

うまく表現できないが、止まった時間の中で人間が浮遊し、考えているような、とでも言えばよいのか

それはアメリカでは経験したことのない不思議な感覚だったのだ

そこから先に行くと一体どんな世界が待っているのだろうか

その闇に好奇心を刺激されたのである


ここで新たな不思議が現れた

確かに、違和感を感じたことは覚えている

しかし、その違和感を正確に再現することはできない

今回、違和感を感じていたわけでもない

おそらく、こんなところを観て違和感を感じたのだろうな、という思いが湧いただけなのである

本当に、おそらく、という程度の

どうして今は何も感じていないのに、当時のことを想像できたのだろうか

そのズレが不思議である

確実なことは、それほどまでにわたしの感受性が変わってしまったということだろう

 5年余りの間に何かが滲み込み、今はこの身と一体になりつつある境目にあるのかもしれない



同様のことは、哲学との距離感についても言えそうだ

こちらに来た当時の驚きが次第に薄れている

その再現は当時のメモに頼らなければならなくなりつつある

自分の中での哲学と科学との距離が決まってしまったからだろうか


そう言えば、先日の日本ではわたしの話すことが普通の科学者のものとは違うという反応があった

ごく普通のこととして話していたつもりなのに、である

以前は異質な世界に今いるという感覚の中で話していたのが、その違和感が消えているためなのだろう

自分では気付かなくなっている

哲学との関係も一つの平衡状態に入りつつあるのかもしれない




jeudi 18 avril 2013

連載エッセイ 第3回 「モンペリエの生気論者ポール・ジョゼフ・バルテ、あるいは過去が漂う世界」


雑誌 「医学のあゆみ」 に連載中の 「パリから見えるこの世界」 の第3回エッセイを紹介いたします。


 
 ご一読、ご批判いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。



mardi 16 avril 2013

マイルス・デイヴィス、あるいは現状との絶えざる不協和音




この週末、マイルス・デイヴィス(Miles Davis III, 1926-1991)の人生を改めて振り返った


チック・コリア(Chick Corea, 1941-)さんが最後に語った 「途絶えることのない現状との不協和音」


この言葉にマイルスの歩みが集約されているように見える


ここではないところに向かおうとする変容の人生、そのエネルギーを持った人だったことがわかる







 



dimanche 14 avril 2013

新しい 「知のエティック」 とサイファイ・カフェ SHE


3月26日、27日の両日、第5回サイファイ・カフェSHEを開きました。その時に話した内容にはこのカフェの趣旨だけではなく、これからの知のあり方についての一つのアイディアが含まれていましたので、その部分をここに転載することにしました。ご批判をいただければ幸いです。

**************************************
昨年、わたしの中で思考のあり方、知のあり方についての考えがぼんやりと纏まりを作ってきました。こうあるべきではないかという意味を込めて、それを新しい 「知のエティック(éthique)」 と呼び、大学や学会での講演で話してきました。まだ萌芽の段階ですが、その概略を特にサイファイ・カフェSHEでの 営みとの関連でお話してご批判を仰ぎたいと思います。
この考えは、もともとはこれまでの試みでも触れたことのある19世紀フランスの哲学者オーギュスト・コント(Auguste Comte, 1798-1857)の人間精神発達の3段階法則を発展させたものになります。彼は社会学の創始者、あるいは最初の科学哲学者などと言われ、現代科学が採用した哲学である実証主義(positivisme)を提唱しました。また、アカデミアではなく、終生在野で活動した人物でもありました。
コントが提唱した人間精神の発展は次の3つの段階を経ることになります。第1段階は神学的(théologique)で虚構的な世界で、外界にある物体には 超自然的な力、あるいは神的な性質が宿るとする呪物崇拝(fétishisme)から始まり、多神教(polythéisme)を経て一神教 (monothéisme)に至る過程です。第2段階は形而上学的(métaphysique)で抽象的な世界で、次の段階に至る過渡的なものになりま す。そして、最後に来るのが実証的(positive)で科学的な段階で、人間の精神が辿り着く最高の状態であるとしています。最終段階のpositiveな状態に対するnegativeな段階とはその前の形而上学的段階を指しており、それを乗り越えて実証的段階に向かうとコントは考えまし た。それから、第一段階を幼児期、第二段階を青年期、最終段階を成熟期とも捉えており、人類の精神の発展過程が個人の精神の発達過程にも当て嵌まると考えていました。すなわち、前者を系統発生とすれば、個体発生にもこの法則が有効であると考えていたことになります。
人間精神が到達する最高の段階を体現する哲学は、実証主義(positivisme)と言われます。この実証主義は、経験から得られたものを論理的、数学的 に処理したものだけがすべての有効な情報の基になり、省察や直観から得られる形而上学的な知を拒否する立場です。現代科学はこの哲学的立場を取り込むことにより発展してきました。つまり、形而上学、所謂哲学は現代科学の対極にある相容れない存在として捨て去られたのです。捨てなければ最高の状態には達しえないとコントは考えたわけですが、現代のほとんどの科学者もそう考えていると思います。わたし自身も現役の時には形而上学はおろか哲学という言葉さえ頭に上ることがありませんでした。その結果、科学が内包する価値や意味について科学は考える必要がなくなっただけではなく、それに言及することは科学的でないとされるようになりました。ハイデッガー(Martin Heidegger, 1889-1976)が看破したように、科学は考えなくなったのです。
科学の現場から距離を取り、哲学の領域から科学の状況を眺めるようになる過程で、わたしの考えが次第に変容していることに気付きました。コントの考え方の中には過去の考え方をすべて捨て去り、前に進むという進歩の思想が組み込まれているように見えます。しかし、過去にあった考えをすべて捨て去ることで多くの ものを失っているのではないかと考えるようになったのです。それは、人間が本来持っている頭の使い方としては貧弱なものにしか齎さないのではないかという疑念に繋がりました。つまり、現代科学が採っているものの見方だけで人間の持つ思考の豊かさを十全に発揮できるだろうか、と自らに問い掛けることになったわけです。
それは、コントの言う第三段階の後に新たな段 階を迎えなければならないという考えに結晶化しました。新しい第四段階となるその状態とは、第1段階の神学的なもの、第2段階の形而上学的なものをも科学的な第3段階の現在に引き上げ、人類の辿ってきた思考方法のすべてを取り込んで観察し考える世界をイメージしています。「科学の神学・形而上学化」とでも いうべきもので、フランス語で形容するとすれば、théologico-métaphysicalisation de la science(英語では、theologico-metaphysico-scientificな見方の動員)による新しい知の構築です。つまり、最高の知とされる科学知を事実の記載に留めるのではなく、科学知について人類が経験した思考方法のすべてを動員して考え直すという態度を導入することを意味しています。知識で終わる世界ではなく、知識から始まる世界を目指すことになります。
 「科学の形而上学化」などと言うと、そもそも対極にあるものを融合するような印象を与え、時代を逆行するのかという批判も聞こえそうですが、これは科学の現場に形而上学を持ち込むことではありません。現状では科学の営みと哲学などによる科学についての思索との関係がほぼ完全に遮断されていますが、そこに風穴を 開け、両者が繋がることを当面の目標にしています。今は全くの真空状態にある科学を取り巻く環境に哲学的視点からこの世界を見ることの意義を注入することにより、科学者の意識をより重層的にこの世界を理解しようとする新しい知に開くことをその第一歩としています。
この試みでも何度か触れているデカルト(René Descartes, 1596-1650)の「哲学の樹」を基にこの問題を考えてみますと、次のようなイメージが浮かんできます。デカルトはすべての知(当時の philosophie)の根に形而上学(現代の哲学)があり、幹が物理学で、そこから出る枝が医学や工学などの個別の科学であるとしました。しかし、個別の科学は形而上学から出た枝であるにもかかわらず、成長の過程でその根を切り離し、今ではほぼ完全に忘れ去った状態にあります。そのため、思考することのなくなった科学は自らを取り巻く問題に対応できないだけではなく、新たな社会問題をも生み出すことになりました。これからも生まれ続けると予想されるこれらの問題を解決するためには、「デカルトの樹」の逆転が必要になるのではないでしょうか。その世界では、忘れ去られた哲学がすべての学問を上から照らすものとして蘇り、科学者の意識に新たに上ることになります。つまり、個別の知識で終わる世界ではなく、集められた知識を批判的な視線の下に組み合わせ、関 連付けながら統合するという精神運動による新しい知の確立を目指す世界になります。そのためには、専門に埋没する中で哲学に対して閉じている科学者や医学者の意識を哲学の側が新しい知のエティックへと開くように働きかけることが求められます。
この問題に関連させながらサイファイ・カフェSHEが目指す知について、わたし自身の経験を絡めて考えてみたいと思います。その経験とは、日本が行う仏検と フランスが行うDALFというフランス語の語学試験になります。結論から言いますと、仏検ではフランス語の知識が問われるのに対して、DALFではフランス語を使った思考が問われているように感じました。すなわち、仏検では単線的な対応(例えば、動詞の名詞化、穴埋め、書き取り=書き写しなど)が求められる答えが一つの世界で、知識を問う目的には叶っているのかもしれませんが思考の必要はなく、何處までも小手先の作業に終始します。これまでの比喩で言えば、事実で終わる世界です。
一方のDALFでは「も の・こと」の関連付けや動的な思考が要求され、自らがその結果を紡ぎ出す必要があります。答えは一つではありません。休眠中だったわたしの脳は、そこで展 開される自由な精神運動に初めてのような喜びを感じていたことを鮮明に思い出すことができます。いろいろな事実が平面上に何の関連もなく並べられた世界ではなく、一つひとつの事実から始まり、それらが有機的に繋がりながら垂直方向に立ちあがっていくイメージを持つ新たな世界がそこにはありました。それほど大きな違いを体感していたことになります。仏検の世界をこれまでの知の状態だとすれば、SHEが目指すのはそこに留まるのではなく、DALF的なダイナ ミックな思考を動員した新たな次元の知を構築する世界とも言えるものです。少し大きく言えば、それこそが日本がこれから採るべき思考様式ではないかと考え ています。

 (第5回サイファイ・カフェSHEでの発表から)



samedi 13 avril 2013

ライプツィヒでの Swinging Bach をただただ聴く




晴れのち曇りの週末


ライプツィヒでのバッハを只管聴き、ヨーロッパに身を沈める


久し振りに体が洗われ、心がどこか広いところに向かうような満たされた気分になる


素晴らしいひと時になった





vendredi 12 avril 2013

なぜ外国語を学ぶのか


外国語、特に英語を道具として使える人間を増やそうとしている国がある

外国語は、この世界を重層的に理解しようとする時に不可欠になるだろう

そのためには、グローバルと言われる言葉だけではどうしても不十分である

一つの見方だけで理解できるほど、この世界は単純ではないと思うからである

指導的な立場にある人、あるいは目指す人は、複数の外国語を習得しておく必要があるのではないか

それが、これまでの経験から言いたいことである


ところで、ジョージ・スタイナーGeorge Steiner, 1929- )さんの言葉に « Traduire, c'est comprendre. » がある

「翻訳することは、理解すること」 という意味である

自分であれば、 « Comprendre, c'est traduire. » 「理解することは、翻訳すること」 としたいと書いたことがある


その記事の中で、外国語を学ぶことは 「もの・こと」 をより深く理解するために必須なのではないかとも書いた

今感じていることをもう一つ加えるとすれば、こうなるだろう

 外国語を学ぶことにより、母国語の語彙や文体にも見えない影響を与えているのではないかということである

つまり、自らの母国語を豊かにしている可能性があるということである

昨日読んだウンベルト・エーコUmberto Eco, 1932-) さんの見えざる影響だろうか

こんな考えとともに今日は目覚めた



jeudi 11 avril 2013

正確に選ばれた言葉の力


今日はテーズに関連したアイディアとともに目覚める

戻ってからまだ手つかずなのに不思議である

ずーっとこれではいけない、とどこかで思っていたのだろうか


日本に帰る前、いつも通っていたカフェがなくなったことについては触れた

今回戻ってみると、週末に愛用していたアラブ系カフェのシャッターが下りている

どこか寂しさがあるだけではなく、生活のリズムが狂ってよろしくない


昼から街に出る

すぐにカフェに入る気分ではなく、久しぶりになるカルティエを当て所もなく歩く

暫くするとリブレリーが現れる

ウンベルト・エーコ(Umberto Eco, 1932-)さんの新刊が目につく


『若き小説家の告白』

誰の告白かと思いきや、ご自身のものであった

最初の小説『薔薇の名前』を書いたのが五十前で、まだ時間が経っていないということらしい


小説・詩などの創造的な文章と事実を記載するだけの科学的文章との対比に触れている

学者の中には創造的な文章を書いてみたいと思っている人が多いという

ご本人はよもや小説を書くことになるとは想像もしていなかったようだ

エーコさんの小説に興味を持っている方には参考になることが多いのではないだろうか

その他に数冊気になるものがあった

 今日はカフェを2軒はしご


ジョゼフ・アディソン(Joseph Addison, 1672-1719)という方が1712年に出した『想像の愉しみ』という本があるらしい

その中にある言葉をエーコさんが引いていた

「正確に選ばれた言葉は、対象の見かけそのものよりも生き生きとした思想を齎す描写力を持つものである」

今日印象に残った言葉である




mercredi 10 avril 2013

遠くから日本を眺める


このところ、年に3度ほど日本に帰るようになっている

このような頻度になると、日本の有り難味が減弱する

と同時に、パリに戻ってからも日本を見ることが増えてきたように感じる

少し離れて日本を眺める感覚が気に入り始めていることもある

いずれと考えている日本のエッセンスを探る旅のヒントはないか、という期待もある

それから、パリの現実から逃避したいという気持ちのあることも否定できない

すべてが大切という身にとってはそれほど大きな問題ではないはずなのだが、、、




mardi 9 avril 2013

雨音とともにビル・エヴァンス






今朝のパリは、雨


雨を味わうため、早速バルコンへ


久しぶりのビル・エヴァンスとともに暫しの時を過ごす









dimanche 7 avril 2013

パリの夜明けとともにサイファイ・カフェの全体を想う


久し振りにパリの夜明けを味わう

鳥の鳴き声も聞こえる静かな朝だ

いつも現れてくれる雲も嬉しい


昨日も昼からカフェに出て、日本で勧められた本に目を通す

それから今回サイファイ・カフェSHEで話した内容について手を加える

これまでに話した内容をサイトに掲載するためである

暇を見ながらの作業になるだろう
 

各回のテーマはその時々の気分で選んでいる

しかし、まだ5回を終えたばかりだが、それぞれの間に微かな繋がりが見えてくる

回を重ねる度に、一体どのように繋がった全体が現れるのだろうか

予想もしなかった興味が湧いている






samedi 6 avril 2013

シュテファン・ツヴァイクさんの尽きない魅力



昨日のカフェ、Le Point の記事が目につく

シュテファン・ツヴァイクさん(1881-1942)が今月プレイヤード叢書に入る

この機会に、ツヴァイク文学の魅力についての分析が載っていた

この記事を目にした時、以前のブログ記事を思い出していた

ツヴァイクさんは断トツでフランスで最も読まれている外国人作家の仲間に入るという

フランス人お好みの作家は (2012-03-17)

その訳を、伝記も書いているドミニク・ボナさん(Dominique Bona, 1953-)が解き明かしている


彼はバルザックやプルーストのような壮大なお話はもとより、デュマのように華やかな人物や冒険を書くのでもなかった

短編小説やエッセイ、そして伝記しか書かなかった

独断的、権威主義的なところからは程遠く、読者に最後を委ねるようにしていた

まるで一人一人の耳元で囁くように

それは、悦びというよりは心の奥底に滲み込むような感情を呼び覚ます

彼は、歴史上の人物だけではなく、この世界に生きるすべての人の運命に興味を持っていた

そして判断するのではなく、只管分析したのである


1934年に愛するオーストリアを後にしてからは、常に異邦人として放浪する

イギリス、アメリカを経て、1941年ブラジルに辿り着く

そして1942年2月22日、妻とともにペトロポリスで自殺する

彼が持っていた人間としての感覚、ユニヴァーサリズム、寛容の精神は野蛮を受け入れることを許さなかった

ボナさんは、そこに最も美しい彼の自由の精神、そして妥協することを拒否する姿勢を見ている





jeudi 4 avril 2013

刺激ある新鮮なパリ、そして蘇るロシア語


曇り、時々雨のパリ

肌寒い

届いたばかりの本を手に久しぶりの街を歩く

今すぐ必要ではないので カフェでイントロだけ読み、全体の雰囲気を掴んでおく

スタンドで雑誌を2冊手に入れ、2軒目のカフェで目を通す

必ず刺激される記事があるが、今日もその例に洩れず

新鮮なパリが嬉しい


ところで、日本最後の夜、学生時代の友人と会食

科学から社会に及ぶ幅広い話題について、非常に濃いお話ができた

また、学生時代の思い出話も出ていた

いつも驚くが、自ら描いている像からは程遠い印象を残していたことがわかる

第三外国語としてロシア語を取ったところ、教室にわたしがいたので驚いたとの話も聞こえた

ロシアの小説の話題が続き、遠い過去からロシア語がすぐ横に浮かび上がってきた

いずれやり直してみたい、そんな願望も


そう言えば、ウィーンからのエアー・ベルリン便

モスクワからの便が遅れているとのことで、少々待たされた

乗り込んできた人たちの口から久しぶりの音を聞いた




mercredi 3 avril 2013

何かが起こるこの経路


今朝、嵐のため成田で待機

どうなるかと思ったが、1時間ほどの足止めで済んだ

ウィーンでの乗り継ぎが30分の猶予だけになったが、係の人は大丈夫だという

待ってくれるということだと思い、全速力で只管歩く

しかし、カウンターに着くと行先はフランクフルトになっている

すでに飛び立った後だった

結局、エアー・ベルリンという初めての航空会社の1時間後の便に乗ることになった

そのカウンターまでがまた長く、運動不足を解消

終わってみると、初めの1時間遅れのままパリに着いたことになる
 
それにしてもこの経路、いろいろな経験をさせてくれる


久しぶりのパリは夜が明るくなっている

今の関心事は、道中も悩まされた花粉症がいつ抜けてくれるかだろうか



mardi 2 avril 2013

日常から非日常への移行を感じる、そして映画 『約束』 を観る


昨日は万愚節

川面には花筏が一枚、二枚

ディネをともにした俳句がご趣味の友人から教わった


明日パリに向かうことになる

朝目覚めると、日常が後景に退き、思索生活に移行しつつあるのが分かる

次第に平凡に感じるようになっているパリという空間の持つ意味が立ち上がってくるようだ

今回も多くの方との接触があり、予想を超えるものを齎してくれた

今の距離感とそこから生まれるある種の緊張感がわたしの受容体の感度を高めているように見える

 今夜、学生時代の友人と会食をして今回の予定のすべてを終える


パリに戻ると仕事のようなものが待っている

 今回の日本で、そのヒントになる糸口のようなものが見えてきた

と言いたいところだが、これまでに何度同じようなことを経験してきただろうか

今回のそれが本物なのかどうか

それは 「こと」 に当たっていく過程で明らかになるだろう


夜までの空き時間、映画 『約束』 を観る

仲代達也(1932-)主演

名張毒ぶどう酒事件を生の映像も交えて描いている

サブタイトルには 「死刑囚の生涯」 とある

そこには、科学的に迫ろうとする熱き弁護人や支援するたちの姿が重なっている

と同時に、最高裁を頂点とする日本の裁判制度も垣間見ることができる

科学的に真実を探ろうとするよりは、誤りを如何に認めないかに全精力を注いでいるかに見える裁判所

エリートの思考様式にありがちな、ストーリーが最初にあり、それに合わせて証拠を集めるというやり方

科学的ではない

近年明らかになりつつある日本の諸システムの綻びの一つに数えられるのだろうか

そして、親子の間にある目には見えないが深く強い繋がりにも感じるところがあった




lundi 1 avril 2013

その場から離れること、それは哲学への最初の一歩

Chiaroscuro, 1979 
多田美波(1924-)


科学から哲学に移って感じたことの一つに、このことがある

それは、科学の現場から離れたにもかかわらず、それまで以上に科学を近くに感じるようになったことである

マスターの頃はそのことに驚き、この場や学会のニューズレターに書いたりもした

先週のサイファイ・カフェSHEで、参加者のコメントから図らずもそのことを思い出した


なぜこのような逆説的なことが起こるのか

週末の大阪との往復の中でこんな考えが浮かんできた

それは、現場を離れることにより、科学の具体的な営みが視野から消える

しかし、そのことにより、逆に科学の全体が見えるようになったのではないか

 その時、それまでとは違う角度から科学を眺め、考えることができるようになったのではないか

この視点からの思考は、取りも直さず全体への希求を内在している哲学の目指すところと重なる

それこそ、わたしが科学者になる以前から求めていたものの見方とも重なるようにも見える

それがこの存在そのものに触れる深い悦びに繋がっているのではないか

そして、科学の成果の記載に留まるのではなく、このような思考も含めた広い世界を新しい科学としたい

それがわたしの中で固まりつつある21世紀の科学像でもある 


ところで、上記の逆説的な感覚はマスターの時には強烈であったが、今はかなり薄れている

それが自分の中では当たり前になってしまったからだろう

同じようなことを先週の対談でも経験した

一つの衝撃が自分の中に溶け込んでしまったため、一つひとつの要素を取り出すことができなくなるのだ

それは、それぞれの要素を意識しなくとも、日々の営みの中に生かされるようになっているためだ

このように見てくると、この5年余りの年月がわたしの中のいろいろなところに変容を迫っていることが想像される

今回の日本滞在では、そのことに気付かされる切っ掛けを与えられたことになる